【健康脳】 脳科学が解明する50代後半の「ワーキングメモリ」再生術 1/3 【知的アンチエイジング】
はじめに
例えば久しぶりに再会した知人の顔を見て、冷や汗をかいた経験はありませんか。
顔ははっきりとわかっている。
いつどこで会ったかも、どんな仕事をしているかも覚えている。
それなのに「名前」だけが、どうしても出てこない。
「あー、あの、ほら、あれだ」
そうやって言葉を濁しながら、必死で脳内の引き出しをひっくり返すものの、結局その場では思い出せず、別れたあとの帰り道でふいに「そうだ、佐藤さんだ!」と蘇ってくる。
50代後半から60代にかけて、多くの人がこのような経験をします。
そして、ふと不安がよぎるのです。「これは、認知症の始まりなのだろうか?」と。
結論から申し上げます。
それは(たぶん)、脳の「老化」や「ボケ」の兆候ではありません。
あなたが恐れているような「脳細胞が死滅して記憶が失われている状態」ではない可能性が高いのです。
では、なぜ名前が出てこないのか。
最新の脳科学の見解はこうです。
「あなたの脳という図書館の蔵書が増えすぎたため、検索システムが追いついていないだけである」
今回から始まる【健康脳】シリーズでは、人生の経験を積み重ねてきた私たち世代が、これからの人生をより知的で、よりクリエイティブに楽しむための「脳のメンテナンス法」について、科学的なエビデンスに基づいてお話ししていきます。
第1回のテーマは、私たちが最も恐れる「記憶力の低下」の正体と、その解決策についてです。
「忘れた」のではなく「思い出せない」だけ
まず、私たちの脳の中で起きていることを正しく理解しましょう。
多くの方が誤解していますが、50代や60代になっても、新しいことを記憶する能力や、過去の記憶を保持する能力自体は、それほど劇的に低下するわけではありません。
脳の記憶を司る「海馬(かいば)」は、非常にタフな器官です。
若い頃を思い出してみてください。
20代の頃、私たちの脳内にある「経験や知識のデータベース」は、まだスカスカの状態でした。本
棚に本が数冊しか入っていないようなものです。
(もっとも私の脳内にはすでに膨大な量のマンガが入っていた気がしますが。汗)
ですから、必要な情報を取り出すのは簡単でした。
探す場所が少ないからです。
しかし、50代後半ともなればどうでしょうか。
数十年にわたる仕事の経験、人間関係、読んだ本、観た映画、成功や失敗の記憶。
あなたの脳内図書館には、膨大な量の書物がぎっしりと詰まっています。
これは「知恵」や「経験値」と呼ばれる、素晴らしい資産です。
「名前が出てこない」という現象は、本がなくなった(記憶が消えた)のではなく、本の数が多すぎて、司書さんが目的の本を見つけ出すのに時間がかかっている状態にすぎません。
これを専門的には「検索エラー(想起障害)」と呼びます。
つまり、問題は「記憶力」そのものではなく、「検索力」にあるのです。
そして、この検索機能を担当しているのが、額の裏側にある「前頭葉(ぜんとうよう)」です。
脳の司令塔が「サボっている」という事実
加齢によって真っ先に機能低下を起こすのは、記憶の保管庫である「海馬」ではなく、脳の司令塔である「前頭葉」だと言われています。
前頭葉は、思考や判断、そして記憶の検索を司る、いわば脳のCPU(中央演算処理装置)です。
私たちが「名前が出てこない」と焦っているとき、脳の中では前頭葉が必死にデータベースへアクセスしようとしています。
しかし、加齢や疲労、ストレスによってこのCPUの処理速度が落ちていると、検索結果が表示されるまでにタイムラグが生じるのです。
これが、別れたあとしばらくしてから「あ、佐藤さんだ」と思い出す理由です。
検索命令自体はキャンセルされておらず、遅い回線でバックグラウンド処理が続いていたため、遅れて答えが届いたのです。
ここで重要なのは、「私の脳は衰えた」と嘆くことではありません。
嘆くことはストレスとなり、さらに前頭葉の働きを鈍らせます。
そうではなく、「検索システムをアップデートする必要がある」と考えること。
これが「知的アンチエイジング」の第一歩です。
多くの人がやっている「脳トレ」の落とし穴
「脳を鍛え直さなければ」と考えたとき、多くの方が思い浮かべるのが「脳トレ」ではないでしょうか。
簡単な計算ドリルを解いたり、パズルゲームをしたり、アプリで脳年齢を測ったり。
私も任天堂DSのなんとか教授のアレ(名前忘れました。汗)とか必死でヤったものです。
しかし、残念なお知らせがあります。
近年の多くの研究において、一般的な「脳トレ」の効果は限定的であるという報告が増えています。
例えば、計算ドリルを毎日やれば、確かに「計算をする能力」は向上します。
パズルをやれば「パズルを解く能力」は上がります。
しかし、それが直接的に「仕事の段取りが良くなる」「会話のキレが戻る」「とっさに名前が出てくるようになる」といった、実生活のパフォーマンス向上につながるかというと、科学的には「転移効果(ある訓練が他の能力も向上させること)は薄い」と言わざるを得ません。
私たちが求めているのは、計算が速くなることではないはずです。
求めているのは、会議で鋭い意見が言えること、複雑な問題を整理して解決すること、そして豊かな会話を楽しむための「地頭の良さ」を維持することでしょう。
そのためには、特定のゲーム的な訓練ではなく、脳の「基礎体力」とも言える根幹のシステムを鍛える必要があります。
第1回のまとめ:ワーキングメモリを鍛える!?
その根幹のシステムこそが、「ワーキングメモリ(作業記憶)」です。
ワーキングメモリとは、情報を一時的に保ちながら、それを加工・処理する能力のこと。
「脳のメモ帳」や「作業机」によく例えられます。
この作業机が、50代後半の私たちの脳内では、書類で埋め尽くされ、散らかり放題になっていることが非常に多いのです。
机が散らかっていては、新しい資料を広げることも、古い資料を探し出すこともできません。
これが、あなたの頭の回転を鈍らせている正体です。
では、どうすればこの散らかった机を片付け、新品同様の作業スペースを取り戻すことができるのか。
それには、日々の生活習慣の中に潜む「ある悪習慣」を断ち切り、意識的なトレーニングを取り入れる必要があります。
次回【中編】では、この諸悪の根源である「ワーキングメモリ」の仕組みを深掘りし、なぜ私たちの脳がこれほどまでに疲弊してしまったのか、そのメカニズムに迫ります。

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