【SF小説レビュー】 これは友情・努力・勝利の物語だッ! 「プロジェクト・ヘイル・メアリー」 【ランチタイム読書Vol.7】
はじめに
前回の「火星の人」に続き、アンディ・ウィアーのさらなる傑作「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を読了しました。
今回もランチタイムの限られた時間での読書でしたが、その面白さに引きずり込まれ、驚くべきスピードでページをめくることになりました。
前作で味わった興奮を遥かに凌駕する、この壮大な物語について、ネタバレを最大限に避けながらその魅力をお伝えします。
究極の「イチかバチか」に挑む孤独な目覚め
物語は、主人公が真っ白な部屋で目を覚ますシーンから始まります。
彼は自分が誰なのか、なぜここにいるのかという記憶を一切失っています。
隣のベッドには二人の同居人がいますが、彼らはすでに息絶え、ミイラ化していました。
ここから主人公が、自分が地球ではないどこか、宇宙船の中にいることを科学的な実験から導き出すプロセスは、まさにアンディ・ウィアーらしい知的なスリルに満ちています。
タイトルの「ヘイル・メアリー」とは、英語圏で「イチかバチかの勝負」や「神頼み」を意味する言葉とのこと。
前作「火星の人」では、火星に取り残された一人の男がいかに生き残るかという「個人のサバイバル」がテーマでした。
しかし本作では、未知の物質によって太陽の出力が低下し、氷河期に突入しようとしている地球を救うという、全人類の命運を賭けた「種のサバイバル」へとスケールアップしています。
この絶望的な状況下で、記憶のない男が人類を救うために奔走する姿は、読者を一瞬たりとも飽きさせません。
ヒーローではない主人公が持つ「別の適性」
主人公のライランド・グレースは、前作のマーク・ワトニーのような、完璧な訓練を受けた「ライトスタッフ」を持つ宇宙飛行士ではありません。
彼はかつて分子生物学の世界に身を置いていましたが、ある事情で学会を離れ、中学校の理科の先生をしていたという変わり種です。
彼のキャラクターはどこか偏屈で、決して自分から進んで世界を救う英雄になろうとするタイプではありません。
なぜ彼のような人物が、人類最後の希望である宇宙船に乗っているのか。
記憶が断片的に戻るにつれて明かされる過去のエピソードは、物語に重厚なミステリーの要素を加えています。
彼が科学者としての知識と、教師としての丁寧な思考プロセスを武器に困難を突破していく姿は、読者に新しい形の勇気を与えてくれます。
緻密に計算された「過去」と「現在」の交錯
本作の構成で見事なのは、記憶を失った状態で進む「現在の宇宙」と、少しずつ思い出される「地球でのプロジェクト進行」が交互に描かれる点です。
現在進行形の危機を解決するためのヒントが、過去の記憶の中に隠されている。
この二つの時間軸が収束していく構成は、第一級のミステリーを読んでいるような快感があります。
だからこそ、本作については一切の予備知識なしに読み始めることを強くおすすめします。
私も「火星の人を書いた作者なら絶対に面白いはずだ」という確信だけを持って読み始めましたが、それが最高の読書体験に繋がりました。
現在公開中の映画版を観る予定の方も、できればその前にこの物語の構成の妙を味わっていただきたい。
(もちろん、映画が先でも多分なんの問題もありませんが)
宇宙で出会う、最高に熱い「友情・努力・勝利」
本作を語る上で避けて通れないのが、中盤以降に展開される「バディもの」としての側面です。
詳細は伏せますが、その相棒となるキャラクターの造形と、彼らがいかにして心を通わせるかというプロセスは、涙なしには読めません。
日本のマンガ界には「友情・努力・勝利」という言葉がありますが、本作はまさにその理念を体現しています。
(むしろ最近の少年ジャンプ作品よりも……)
最近のどんな少年漫画よりも、仲間を信じ、知恵を絞り、不可能を可能にするために努力し、そして勝利を掴もうとする情熱が溢れています。
文系の私であっても、提示される科学的解決策がスッと腑に落ちるのは、彼らの「対話」と「実験」が非常に論理的かつ簡潔に描かれているからです。
なぜその危機が起こり、なぜその対策が有効なのか。そのプロセスが美しく完結しているため、難しい理論を「そういうものだ」と受け入れながら、物語の本質であるエモーショナルな部分に没頭することができました。
翻訳と謝辞に見る、作品への愛とウィット
今回手にした版では、翻訳者による丁寧な解説と、作者アンディ・ウィアーによる謝辞が掲載されていました。
前作とはまた違う角度から作品を深く理解することができ、非常に満足度の高い内容でした。
特に作者の謝辞は、よくある冗長なものではなく、短くもウィットに富んだ彼らしいもので、読後の清々しさをさらに引き立ててくれました。
アンディ・ウィアーは、本作で二度目となる星雲賞海外長編部門を受賞しています。
一発屋ではなく、着実に進化し続ける彼の筆力には脱帽するしかありません。
翻訳の質も素晴らしく、宇宙の孤独や未知の存在との出会いといった、言葉にするのが難しい感情が見事に日本語へと昇華されています。
おわりに:面白い物語を求めているすべての人へ
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、単なるハードSFの枠を超えた、普遍的な「勇気と友情」の物語です。
科学的なギミックはあくまで物語を彩る道具であり、その核にあるのは、絶望的な孤独の中で他者を信じようとする純粋な意志です。
リラックスタイムのひととき、日常から遠く離れた宇宙の彼方で繰り広げられる、この熱いドラマに身を投じてみてください。
読み終えたとき、あなたもきっと「面白かった!」以外の言葉を失うはずです。
そして、私と同じようにすぐに誰かに薦めたくなることでしょう。
この幸福な読書体験を、ぜひ多くの人に味わってほしいと心から願っています。

蛇足
映画はまだ観てません。
かなりいい感じみたいなので、もちろんぜひ観たい。
それもアマプラ待ちとかじゃなくて映画館で観たい。
でももうちょっと自分の読後感が薄れるのを待ちたい気分でもあります。
あとやっぱ映画館行くのメンドクセーってのも(オイ
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