「言うだけタダ」はタダじゃない。そのチャレンジ精神が破壊する、取り返しのつかない大事なもの
「言うだけならタダだし、とりあえずお願いしてみよう」
そんなふうに、軽い気持ちで誰かに何かを頼んだり、頼まれたりした経験はありませんか?
この仕事。
基本的にネット上のやり取りだからお互いに顔も知らないことなんてザラなんだけど、親しい人ならいざ知らず、「初めまして!実はこういうお願いがあるんですけど!!」と、いきなりお願いをぶつけてこられることもしばしばです。
これはもったいない。
本人は、言うだけタダだし当たって砕けろ!くらいに思っているんでしょうけど、言うだけタダはタダじゃないですからね???
確かにお金はかからないかもしれません。
でも、その「タダ」の裏側には、相手の大切な時間やエネルギー、そしてあなたへの「信頼」が隠れています。
実は先日、ふと思い出した苦い経験があります。
それは、見ず知らずの方から届いた、あまりにも膨大な「お願い」でした。
その出来事を通じて私が感じた、本当の意味での「配慮」と、長く愛される人が大切にしている「想像力」について、今日はお話ししてみたいと思います。
980時間の動画を「見てほしい」という、重すぎるお願い
ずいぶん昔になりますが、私の媒体を見てくれた人からこんな依頼をいただいたことがあります。
「初めまして!!もりりんさんの媒体で、このレポートを紹介してほしいんです」
差し出されたのは、合計980時間を超える動画と、2000ページを超えるPDFがセットになった、それはそれは巨大な無料レポートでした。
私は、自分が中身をしっかり確認して「良い」と思ったものしか紹介しないと決めています。
ですが、紹介できるかどうかもわからないものに対して、980時間もの時間を割くことはできません。
980時間かけて確認したところで私には1円にもなりませんしね。
やむなく丁寧にお断りをしたのですが、返ってきたのは予想外の「嫌味」でした。
「メルマガでちょっと紹介するくらいすぐなのに」
「タダなのに、そんなこともしてくれないなんて」
オブラートに包んではいるものの、ネチネチとした言葉の端々に「お高く止まりやがって」というニュアンスが透けて見えて、「あぁ、この人は奪うことに気づいてないんだろうな」と思ったのでした。
「言うだけタダ」が、実は一番高くつく理由
この相手の方はきっと「お金を払わせるわけじゃないから、タダなんだからいいだろう」と思ったのかもしれません。
でも、考えてみてほしいのです。
初対面の人に対して「私のために、あなたの人生の980時間をタダで差し出してください」と言うのは、果たして「タダ」で済むお願いでしょうか。
実質的なお金がかからないからといって、相手から時間を奪いすぎるのは、あまりにも想像力が欠けていると言わざるを得ません。
そこには相手への利益がなく、ただ「奪う」という行為だけが残ってしまいます。
他にも、こんなことがありました。
「記事に感銘を受けました!私も同じテーマで書いたので読んでください」と誘導された先が、有料noteだったこと。
「どうせコピペなんだろうな」と感じてしまうような、心のこもっていないコメントに返信を考えなければならないこと。
こういうとき、私の心の中にあるその方への印象は、残念ながら最悪になってしまいます。
まぁ、誰だって「仲良くしたい」なんて、1ミリも思えないでしょ?
一度失った「信頼」や「印象」は、お金を出しても二度と買い戻すことはできません。
「言うだけタダ」のつもりが、実は自分の未来の可能性を一番高く売り払ってしまっている。それは、あまりにももったいないことだと思うのです。
相手を「ニッコニコ」にさせる、魔法の配慮
一方で、同じ「お願い」でも、私の心を一瞬で「ニッコニコ」にさせてくれる方もいます。
そういう方に共通しているのは、「相手に損をさせない配慮」が自然にできていることです。
たとえば、何かを依頼する際に「自分にできるリターン」をあらかじめ提示してくれたり、何より「あなたのこの記事の、ここがこう好きなんです」という、丁寧に読んでくれたことが伝わるメッセージを添えてくれたり。
書き手にとって、自分の言葉をしっかり受け止めてもらえた実感ほど嬉しいものはありません。それは時間や手間をかけてくれたことへの、最高のご褒美になります。
「言うだけタダ」だからと闇雲に投げるのではなく、相手から奪うもの(時間、手間、信頼)に対して、どれだけ心を配れるか。お金では測れない「価値」を先に手渡せるか。
はじめましての瞬間に、そんな「相手に損をさせない」という当たり前の配慮ができる人が、結局は多くの人に助けられ、大きく飛躍していくのだと感じています。
言葉の先にいる「人」を想像する
「言うだけタダ」は、決してタダではありません。
「これを言ったら、相手はどう感じるかな?」
「相手の大切な時間を奪いすぎていないかな?」そんな小さな配慮が、巡り巡って自分を助けてくれる資産になるはずです。
お金では測れないものを大切にできる、そんな心地よい関係を、これからも丁寧に築いていきたいなと思います。
