「つながりの中で考えるということ」(意識の働きにだまされないで下さい)
人は意識の働きによって感じ、考え、判断しています。
無意識的にも感じ、考え、判断していますが、それは社会的な活動にはつながりにくいです。でも、心の底辺には無意識的に感じ、考え、判断したことが流れています。
それが一致していれば不安は感じませんが、それが一致していないと不安を感じます。理由が分からない不安です。
その「意識の働き」の特徴は「同時に二つ以上のことは扱えない」という点です。「前」に意識を向ければ「後ろ」への意識は消えます。「右」に意識を向ければ「左」への意識は消えます。「部分」へ意識を向ければ「全体」への意識は消えます。遠くを見れば近くは見えなくなり、近くを見れば遠くは見えなくなります。
当然、この逆も起きます。
「後ろ」に意識を向ければ「前」への意識は消えます。「左」に意識を向ければ「右」への意識は消えます。「全体」へ意識を向ければ「部分」への意識は消えます。近くを見れば遠くは見えなくなり、遠くを見れば近くは見えなくなります。
でも、見えなくなっても、意識から消えても、実際には存在しています。「人間の意識の中からは消えてしまう」というだけのことです。
この世界の全てはつながり合い、支え合うことで成り立っているからです。
部分が消えれば全体も消え、全体が消えれば部分も消えるのです。
過去が消えれば未来も消えるのです。
前が消えれば後も消えるのです。
そして、人はそのことを無意識の世界では知っています。だから人は「つながり」から切り離されると不安を感じるのです。
「私は私」と言っている人でも、実際に他の人とのつながりから切り離されたら、私は「私」ではなくなってしまうのです。「他者」がいるからこそ、私が「私」でいることが出来るのです。
人工的に作られた町の中だけで暮らしていると、「自然」のことなど忘れてしまいます。そして、「人工的に作られた町をどれだけ快適に出来るのか」ということばかりを考えるようになります。
その結果、その「人工的に作られた町」とつながり合っている「自然」のことは忘れられ、「資源」としてのみ扱われ、搾取され、荒廃していきます。でも、「人工的に作られた町をどれだけ快適に出来るのか」ということしか考えていない人は、そのことに気づきません。それに気づくのは、搾取された自然が人間の社会を支えきれなくなった時です。
だからといって「自然」にばかり意識を向けていると人間の生活や社会が成り立たなくなります。
「未来」のことばかり考えて「過去」のことを考えないと、迷子になってしまいます。「過去を失う」ということは「羅針盤を失う」ということでもあるからです。
そして実際、今、科学の発展、経済の発展、文明の発展といった「未来」のことばかりを考えるようになった現代人は、「過去」を忘れてしまい迷子になり始めています。そして過去に起きた悲しみと苦しみの歴史を繰り返そうとしています。
じゃあどうしたらいいのかということですが、「つながりの中で考える」という視点が必要になるのです。「過去」と「未来」は別物ではありません。「一つながり」のものです。
「前」と「後ろ」も、「部分」と「全体」も「一つながり」のものです。
「日本」と「外国」も、「子ども」と「大人」も「一つながり」のものです。
意識の働きが、それらを「別々のもの」のように見せているだけです。ですからそれにだまされてしまうと「実際に自分が生きている世界」から乖離してしまうのです。
そして、人間の意識が「実際に自分が生きている世界」から乖離してしまったら、人類は滅亡します。
