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ドラマ「魯山人のかまど」 〜奇才の修羅と孤独

北大路魯山人きたおおじろさんじんは、料理、陶芸、篆刻、書道など様々な分野で活躍し、食と美の巨人と謳われた芸術家。
私はその名前と料理、器が素晴らしい、くらいしか知らなかった。

京都・上賀茂神社の社家に生まれた魯山人は、母の不義の子であり、それを知った父は割腹し井戸に身を投げる。まだ乳飲み子の時に母からも捨てられ、里親を転々とし、ある家では激しい折檻を受けるなど、魯山人の生まれてから幼年期までは壮絶過ぎて、悲惨という言葉も軽く感じられるほどだ。
養家を追い出されぬよう、7歳から台所仕事を買って出てたというエピソードも涙ぐましい。
子供の頃から食べ物に異常な執着のあった魯山人は、捨ててある野菜屑や魚のアラにもそれぞれの味があるのが分かったという、鋭敏な舌の持ち主でもあった。

その生い立ちからか、魯山人は自分の内にある荒ぶる感情を抑えることができず、所構わず大声を上げ、傍若無人、人を人とも思わず、周囲の人間とも摩擦が絶えない。
昭和初期、東京・赤坂にあった料亭「星岡茶寮」は、魯山人の料理と器が評判を呼び、日本中の名士が押し寄せ空前の大繁盛となっていたものの、店の資金を趣味の骨董につぎ込み経営は悪化、独善的で横暴な態度から従業員たちの不平不満も溜まり、ついには経営者でありながら解雇されてしまう。



こちらのNHKドラマでは、主に魯山人の晩年、初夏〜冬までが描かれている。

雑誌記者である田ノ上ヨネ子は、魯山人の回顧録を書くために取材し口述筆記することになり、その邸宅を訪れる。
率直で物怖じしないヨネ子を魯山人は気に入り、吉田首相の所で料理作るさかいアンタ手伝いに来なさい、と言われたヨネ子は、京丹波の山奥まで出向き、釣上げた鮎を生きたまま大磯まで運ぶ手伝いをすることになる。ずっと揺らしてないと鮎は死ぬ、と言われたヨネ子がトラックの上でも桶をチャプチャプ揺らす姿に笑いが溢れる。
天真爛漫で食いしん坊なヨネ子を演じた古川琴音さんがとてもよい。以前はわりとエキセントリックな役も多かったけれど、昭和の雰囲気にもハマる女優さんだなと思った。

魯山人は初対面でも吉田首相と互角に渡り合い、似た者同士?という感じの二人はすぐに意気投合する。吉田茂役は柄本明さんというのも貫禄があった。
白ぶどう酒が好きな吉田首相に、ヨーロッパでの暮らしが恋しかろうと、鳥肝と味噌を和えたパテの前菜も作り、あまりの鮎の美味しさに、もう1匹という首相に、これっきりですと断る魯山人。弟子に、2匹目は1匹目よりは美味しゅうはならへん(美味しくは感じない)といった言葉には説得力があった。

大物政治家・大河原角造(伊武雅刀さん)の席では、一派の不遜な態度に魯山人の怒りが爆発し、美の分からん奴はさっさと帰れ!と叫ぶと使用人や弟子が止めるのも聞かずに乱闘となり、丸ごと料理が残されてしまうが、「残り物は捨てたらあかん」「皮でもアラでも命あるもんな人生をまっとうさせてやらんとあかんのです」と別の料理に作り変え、みんなで頂くのだった。
魯山人は身近にいたら厄介な人だが、その美学と思想には、頷かされるところも多い。
若いころ魯山人は、京都の豪商で稀代の美食家であった内貴清兵衛の元で台所係として働き、食い散らかされた豪華な食材の残りを作り変えて料理を覚えたという。
捨て子でもええやないか、銘々が銘々らしく生きたらええんや、料理も芸術やで、と内貴に言われた魯山人は雷に打たれたように驚き、わたしは芸術に生きるんや、とその時に決めたという。

美しいもん見ると体が震えよる
美しいもんが体の中にあるとな、生きる覚悟もできる
わたしは美しいもんに救われたんや

" 芸術家になるんやったら、お金とか名誉とかとは縁を切らんとあかん。そんなとこに芸術はない "
内貴のその教えを魯山人は生涯、忠実に守り通したのか。美術評論家・大山(尾美としのりさん)からも再三、人間国宝への推薦を受けるよう促されていたが、辞退していた。
日本国内だけでなく、アメリカの石油王・ロックフェラー、イサム・ノグチなど海外からも、その料理の腕前と陶芸、美意識に惹かれた名士たちが次々に魯山人宅を訪ねるほどであったが、その実、魯山人の家計は火の車で、古参の作陶主任・松山(満島真之介さん)や女中の春子が意を決して、使用人たちの生活のためにも人間国宝を受けるよう懇願しても、魯山人は頑として首を縦に振らなかった。

料理いうもんは、仲のええ家族がニコニコして食べるもんや。それが何より美味しゅうなる。と語っていた魯山人だが、自分はいつも独りでご飯を食べ、他人の作った料理は口にしない。
魯山人が唯一食べるのは、長年仕える女中の春子が作った料理だけ。
それを見たヨネ子が、先生のお母さんみたいですね、と言ったのも印象的だった。
魯山人の数少ない理解者とも言える春子を演じた、中村優子さんの凜としながらも柔らかな物腰と着物姿も素敵だった。
その春子も、魯山人と絶縁している娘の仲を取り持とうとして逆鱗に触れ、あんた首や!出て行け!と切られてしまう。

劇中、魯山人が咳をするシーンが何度もある。最初は病いの前触れなのかと思っていたがそうではなく、それは悲しみや行き場のない感情が溢れ出しそうになるのを堪えるためのように見えた。
最終章の冬編で、ヨネ子が先日お見合いをしたと言うと、結婚せんとあかんのか、んな早よかえりや、ご苦労さん、と返す魯山人のぎこちない表情から、孤独なその胸の内に触れたような気がした。ヨネ子と魯山人は、まるで父と娘のようであった。
魯山人の生涯を少し調べてみたところ、結婚と離婚を5回または6回、溺愛していた実の娘とも絶縁状態、長く働いてくれた使用人たちも次々に去り、孤独な晩年だったようだ。
劇中でも、独り縁側に長座する魯山人の姿が何度も映し出され、「咳をしても一人」という尾崎放哉の句が浮かんできた。
記事を書き終え嫁ぐことも決まり、恐らくもうこれまでのように魯山人と会う機会もないであろうヨネ子が、涙が出そうになるのを咳払いして誤魔化すシーンでは、こちらまで泣きそうになった。

魯山人を演じた藤竜也さんは、圧巻の演技と存在感だった。
いつ何時とつぜん激昂するかわからない気難しさはあれど、どこか憎めない可笑しみや、時には温かみさえ感じる言動。老境の侘しさと、どんなに近しくなっても自分の本当の心の内を晒すことは出来ず、最後には遠ざけてしまうやるせなさ。
自分自身でもコントロールできない激しく燃え盛る野獣のような魂。
魯山人という複雑な人間像を丸ごと体現しているかのようだった。

生まれてから最初の記憶である、名前も知らぬ人におぶわれて見た真っ赤なツツジ。
それを見た時、「ああ、私は美しいもんを探すためにこの世に生まれてきたんやなぁ」と思ったという。まだ物心つく前からそんな事を思うとは、魯山人という人はやはり、凡人とはかけ離れた感性の持ち主なのだ。
魯山人にとっての赤は、特別な色だった。
3歳の時に初めてみたツツジの赤、それを焼き物で表現したい、そう願った魯山人は、何度もその色を登り窯で再現しようと試みる。
赤い炎が吹き出す窯の前に仁王立ちするその姿は、修羅に焼かれているかのようだった。

こちらの作品は、いくらでもシリアスに描けそうな魯山人の晩年を、時おり軽妙さを交えて描いたところが秀作だと思う。
小津安二郎の映画を思わせる固定カメラの長回し、幼少期の回想シーンでは時代劇のようなモノクロフィルムの手触りもあり、浪曲三味線の音もその時代にタイムスリップしたかのような雰囲気を醸し出し、強く印象に残った。
本作の脚本・演出を担当したのは、映画『土を喰らう十二ヵ月』の中江裕司監督だと後から知ったのだけど、どうりで映画と同じような味わいが本作からも感じられたわけだ。

北鎌倉にある魯山人の邸宅の鄙びた佇まいも趣きがあった。
茅葺き屋根の田舎屋、茶室のある四季折々の庭の風情、家の裏にある畑、移りゆく季節の情景と魯山人の人生が交わり、満ちてゆくようだった。




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