高級マンションと月4万のアパート
何を書くか大して決めていない
寝ようとした時にふと「何か文章を書きたいな」と思って、深夜にアカウント作成、そのまま今この文章を書いています。
大して面白い毎日を送っているわけでも、人を惹きつけるような突出した何かを持っているわけでもない、来年から社会人となるものです。
しいて何かを挙げるなら、寝に帰るためのものと割り切られたような、家賃月4万円の殺風景な部屋に、ぽつんぽつんと2つキーボードを置いて暇があればだらだらと弾くくらいには音楽が好き、ってくらい。
いま、別に大勢に自分の文章を読んでもらいたいなぁとか、そういう気持ちもないまま、自己満足のためにタイピングしているようなもので。
ただ、なんとなく、今自分が何を考えていて、何を面白いと感じて、何に心惹かれて毎日を生きているのか、文章にして可視化することで、自分に自分を理解させようと、手を動かしているような気もする。本当にじこまん。
面白い文章が書けるような文才がないので、こんかいは自己紹介かねて自分語りしようと思う。あー、明日朝から部活なのに寝なくていいのかな、とか思いつつ。
高級マンションのはじっこと金縛り
都内某所。
おそらく誰が聞いても高級住宅地と表現するような土地で、わたしは育った。
いわゆる転勤族で、家族を連れて日本中あちこち飛び回ってたらしいわたしの父は、わたしが生まれる数年前に転職し、高級マンションでの定住をスタートした。
いっちばんはじっこの部屋だったので、わたしが3歳から始めたピアノをじゃんじゃか弾いてもそこまでお咎めされなくて、住処として好条件すぎる部屋だったのは間違いない。
おそらく、わたしが来年からの社会人生活でどれだけ身を粉にして働いても、軽く10年は手がでないであろう高級マンションでの暮らしは、
息の詰まるものだった。
とはいっても、「あの時の暮らしは息の詰まるものだったなあ」と気づいたのは20を過ぎてから。
親というのは、それを目の前にしてリラックスできるものではない、逆らえば/何か気に障ることをしてしまえば、心がぺしゃんこになるまで追いつめてくるものだ、と思い込んで生き続けていたので。
そういう場所で、1日5金縛りがデフォの日々を送りつつ、時には児童相談所の方にお世話になりつつ、10人中9人くらいは及第点を出してくれそうな良い学歴をゲトってここまで来た。幸い友達には恵まれ、ピアノという心の栄養源とも出会っていたから、自分は恵まれてる方だなーと素直に思える心は持ちつづけることが出来た。
双極性障害と摂食障害と音楽
わたしが高校生のとき、父親が双極性障害と診断された。
そして昨年、今度はわたしが双極性障害を念頭に置いた治療をスタートした。摂食障害というおまけつきで。
おそらく高校生の時点で徴候はあったんだろうけど、当時の家庭の事情で、4年間で合計800万以上の奨学金を借りて大学に通うことが決まっていたので、病院に行くという選択肢が浮かびもしないまま放置していた。なんかネガティブな性格に変わったなーとか思ってた。父親とは対照的に(?)うつ状態であるときの方が圧倒的に多かったので。
だから大学生活は、まるで彩度の低い世界で生きている心地だった。
ただ、ひとつだけ、大学生活の中で、頼みの綱というか、生きがいにしたくなるようなものがあって、これを逃したらおそらく本当に生きる努力をやめるだろうと思えてしまうものがあったから、ほっそい一筋の光みたいなものは視界に入れたまま、ここまで来た。
心に栄養を与えなきゃとか考えられる想像力を手放したまま高校生活後半~大学生活を生きていたわたしの人生に、また音楽が舞い戻ってきたのはつい2か月前。
いま、家族から離れて暮らせているわたしが、ふと幼い頃のわたしを振り返った時、あの時の自分は何をよりどころにしていたんだろう。と不思議に思ったのがきっかけ。
漫画やアニメを始めとした娯楽にさほど触れることなく、趣味と呼べるような何かがあった記憶もない。
そんな小・中学生時代の自分が過ごしていた1日1日を出来る限りきめ細かく、解像度を上げながら振り返ると、ピアノの前に座っている自分の姿がやけに頻度高く、鮮明に思い浮かぶことに気づいた。
幼少期、兄よりも親をご機嫌にするのが上手かったことが裏目に出て、「愛嬌があって四六時中自分を楽しませようとしてくれるおもちゃ」として愛されていたので、夕食後の時間を子供部屋で過ごそうとすれば、「なんだ今日は機嫌が悪いのか」とか何とか言われて謝るまで怒鳴られ続けていた謎生活を送っていた中で、唯一ピアノを弾いている間は一人でいることが許されていた。
ピアノを弾くときだけ、心に唯一平穏が訪れる。情緒が最も安定し、普段とてもじゃないが表に出すことが出来ない自分の感情が、音に乗って自分の外へ出ていく。
その心地よさが好きだった。
「ピアノに触れたい」
何年ぶりかにそう思った。
ピアノに触れることを思うと、心が躍った。
早朝バイトで貯めた小さな貯金をあてに、ネットで見つけた一番安い88鍵の電子ピアノを購入した。偶然だけど、大好きな藤井風が配信で使っていたものと同じで、それもまた心躍らせた。
人生に彩りが戻ってきた。
すこしずつ。
簡単に情緒不安定になる自分に疲れきって、飾り程度の感情しか手元に残していなかったつもりだったのに、”楽しい” とか、”(思ったように弾けなくて)悔しい” とか、そういうのを感じた。
生きるのが楽しくなってきた。
通った軸
人生の舵を親に明け渡し切っていた結果、いつの自分が素で、何が心の空白を埋めてくれるのか分からなくなって。
分からないから物理的に自分を満たしておこうと過食し、徐々に変わっていく自分の容姿を見てまた吐き気を覚えていたわたしは、音楽と再会し、みずから人生を大きく方向転換させてすこしずつ前へ進もうとしている。
とりあえず自分に少しでも生きるモチベを与えさせておくために、いま残っているものを逃さないことに必死だった生活が、
「わたしにはこれ(音楽)があるから大丈夫。多少のことなら頑張れる」と自然と思える日々に変わった。
これから音楽で一躍有名になってやろう、とか、自分の演奏を大勢に聞いてほしい、とかそういうのは一切なく、ただ自分が安心できる時間をつくれたらそれでいい。
もし誰かお客さん呼べるってなったら、血がつながってる人たちの中で唯一(唯二?)一緒にいて穏やかな気持ちになれるおじいちゃんおばあちゃんを呼びたい。わたしのピアノを聞いてもらいたい。ピアノを弾いてる姿を見てもらって、「ああ、元気になったんだな。」って安心してもらいたい。
結局、
書き始めて3時間弱経った。
調子が大分良い近頃のわたしが、いまだにこれだけは厄介だな、と思っている不眠をブルーライトで助長させてしまった。
結局わたしはこれから何をnoteに書くか決めてない。
今回みたいに自分の過去を振り返るつもりはあまりない。どちらかというと現状把握につかいたい気持ちがつよいから。
いまわたし生きてるなーっていうのが分かりやすく感じられるようになるならそれでいい。
適当にかいてく。
