空腹で布団から出た朝、全てはそこから始まった。
noteを始めてちょうど1週間。
ひたすら記事を書くことに頭を悩ませていた私。
偶然、あるお題企画が目に入った。
「#身体についてのひとりごと」
ドキッとした。
実は、「もりあおな」の自己紹介から、最終的に脱落した一文があった。
「生まれながらに生殖機能が欠損しています。」
重くてドン引きされるかなあ、、
有益情報でも成功体験でもないしなあ、、、
そんな風に考え、削除してしまったのだ。
でも、「ひとりごと」なら、私でも書けそうだ。
なんとなく、書くことを後押しされている気がした。
もし、私のひとりごとが誰かの道しるべになれば、、
そう思って、私はキーボードをたたきはじめた。

それは、30年以上前に遡る。19歳の春。
大学病院の診察室、医師は淡々と私に告げた。
「生殖機能欠損です。子どもは諦めてください」と。
第二次性徴の年頃になり、なんとなく他の人とは違うなとは思っていた。
真相を確かめるのが怖くて、ずっと避けていた。
しかし、年頃になり恋人ができると事情が変わる。
意を決して、私は病院の門を叩いたのだ。
病院をたらい回しにされ、様々な検査で研修医たちの見世物になった結論が、これである。
「数%の確率で、このようなことが起こるんですよね。」
医師は慰めにもならない言葉をつぶやいた。
どうやら私は、超レアなアンラッキーくじを引いてしまったらしい。
帰り道はよく覚えていなかった。
半同棲状態であった恋人に連絡して、何となく別れた。
家に帰っても、話す相手は誰もいない。
母は心の病で部屋に引きこもり、父は社畜人間で家にいない。
他に兄弟や親戚もいない。
私は、機能不全家庭で育ったアダルトチルドレンでもあったのだ。
自分の部屋の角っこで体育座りした。
そして、日が暮れるまでそこにいた。

泣いているような、寝てるような、そんな感覚だった。
ぐるぐると医師の言葉だけが頭の中を回っていた。
気づくと部屋は真っ暗になっていた。
私はズルズルと、せんべい布団の中に入った。
アダルトチルドレンの私。
早く恋人を見つけて結婚する。
そして、子どもをたくさん持つ。
それが、唯一の夢であり生きる目標だった。
今は不幸でも、家を出て明るい家庭を築けば幸せになれる。
そんな希望があるから孤独も不安も耐えられた。
その希望の糸が、プツッと途切れた。
私は掴むものがなくなって、どすっと下に落ちた。
そこは、深くて冷たい沼だった。
ふと、「死のう」そう思った。
「でも、痛いのはやだな」
そうも思った。
「そうだ、このまま何も食べなければ、衰弱していくだろう」
私はそう思い、夕食を食べずにそのまま寝た。
翌朝目が覚めた。
今までとは別人になった感覚だ。
将来への夢も希望も無くなった、新しい私。
そう思って、鬱々と考えを巡らせた。
その時、お腹がぐる〜となった。
「腹減った!飯食わせろ」
胃袋の抗議だ。
思わず笑ってしまった。
心はこんなに絶望しているのに、体は元気なんだなあ。
それでも一生懸命きようとしているのか。
なんだか自分の体が愛おしくなった。
私は、ズルズルと布団から出て、キッチンにあったパンを食べた。
解決なんかしない。
前向きになんかなれない。
でも、生かされている、生きようとしている。
なら、もうちょっとだけ生きてみよう。
そう思ったのだ。

その後。
不思議なことに、こんな私でも付き合ってくれるという奇遇な人が現れた。
病院で体の機能を改善する手術などもしてみた。
大学では刹那的に日々を過ごした。
将来のことなんて、何も考えられなかった。
父親は
「お前は一生自分の力で稼いでいかないといけない。しっかり勉強して公務員になりなさい」
といった。
私は、とりあえず最低限の単位で大学を卒業し、就職活動で最初に内定をくれたIT企業に就職した。
20代は意外とモテた。
いろんな人と付き合い、いっちょ前にトキめいたり悩んだりもした。
30代になり、家庭のある年上の人に恋もした。
結婚だ、子どもだと周囲が騒がしい時期になり、自分もシミュレーションがしてみたくなったのだ。
遠くて手に入らない、キラキラした宝物たち。
私は暗闇から見ているその光が眩しくて、逃げるように立ち去った。
常に、希望と絶望が隣り合わせ。
私は正解を見出せないまま、今日1日をがむしゃらに走り続けた。
35歳になった。
職場の新人歓迎会で、隣に座った見知らぬ人と意気投合した。
何度かデートした後、その人は
「ずっと二人で生きていこう」と言った。
びっくりした。
足りないものばかりを追い求め、走り続けてきた私。
ぐいっと、腕を引っ張られて「それは、ここにあるよ」
そう教えられた、気がした。
涙が溢れて、目の前の人が遠くかすんで見えた。
それは、30年前の絶望の朝には想像もできなかった
穏やかで暖かな未来だった。
若い頃は「子どもを持ちたい」という衝動に駆られたこともあった。
だが40過ぎるとそんな気持ちもマイルドになっていく。
きっと体のホルモンが関係しているのだろう。
私の体は神秘的、唯一無二だ。
人生は十人十色。
自分の子どもが持てなくても、養子や里親、色々な選択肢はある。
だが私は、パートナーと二人の穏やかな人生を選んだ。
それが、自分にとって一番心地よい生き方だと思ったから。
若い頃の私のように、将来が見えないあなたへ。
正解なんてわからない。
でもね、今日をキラキラ輝かせてみよう。
その先に、きっと、何かが見えてくるはずだから。

