その「欲しい」、1週間後も欲しいですか?
衝動買いは2、3手先。本当に欲しいものほど、買ったあとの未来まで考えている。
子どもたちへ。
今日は「欲しいもの」について書いておこうと思います。
これから君たちも大人になって、自分で使えるお金が増えていくでしょう。服が欲しい、スマホが欲しい、ゲームが欲しい、車が欲しい。たぶん「欲しいもの」がなくなることはありません。父だって40歳になった今でも、欲しいものはあります。
そんなとき、父が最近大切にしていることがあります。
欲しいと思っても、その日に買わない。
一度、欲しいものリストに入れて、1週間くらい寝かせてみる。
たったそれだけです。
この記事を読んだからといって、買い物で絶対に失敗しなくなるわけではありません。父だって、これから何度も失敗すると思います。
でも、「買わなきゃよかった」を少しだけ減らすことはできる。
そして「欲しい」と「本当に欲しい」は、少し違う。
その違いにも気づけるようになると思います。
「これ欲しい」は突然やってくる
買い物に行って、特に買う予定もなかったのに、「あ、これいいな」と目が止まることがあります。ネットでも同じです。おすすめに出てきた商品を何となく見る。レビューを見る。YouTubeで紹介動画を見る。気づけば、最初は必要とも思っていなかったものが、ものすごく欲しくなっている。父も何度も経験しています。
そして買った瞬間は、やっぱり嬉しい。箱を開けるのも楽しいし、新しいものを使い始めると、少し生活が変わったような気さえします。でも不思議なもので、その感覚はずっと続きません。しばらくすると、家にあるのが当たり前になる。場合によっては、「なんでこれ買ったんだろう」となることもあります。
「欲しい」という感情には、案外勢いがあるのかもしれません。だから、その勢いのまま買わない。少しだけ時間を置いてみる。

衝動買いは、将棋でいう「2手、3手先」
買い物について考えていたとき、ふと将棋に似ているなと思いました。
将棋が強い人は、目の前の一手だけではなく、その先を読みながら駒を動かします。買い物も同じなのかもしれません。
父が衝動的に買ってしまうときは、「欲しい」「買える」「じゃあ買おう」だいたい、このくらいです。将棋でいうなら、2手、3手先くらいしか読んでいません。
でも、本当に欲しいものを買うときは違います。どこで使うのか。どのくらい使うのか。今持っているもので代用できないか。置く場所はあるのか。手入れはできるのか。何年くらい使えそうか。買ったあとの生活まで、自然と考えています。
もちろん、何十手先まで考えたところで未来が見えるわけではありません。でも、少し先まで読むことで、失敗する可能性は減らせる。買い物も将棋と同じで、一手先だけを見るのではなく、その先を少し想像してみる。それだけでも選び方は変わってきます。
100円だと、なぜか考えなくなる
父が意外と失敗しているのが、100円ショップです。「これ便利そう」
「100円だし、まあいいか」と買ってしまう。高いものだったら、「本当に必要かな」「もう少し調べようかな」と考えるのに、100円になるとなぜかその工程を飛ばしてしまいます。
そして家に帰って使ってみる。最初は使う。そのうち使わなくなる。しばらくすると、「これ、いらないな」と捨てる。もちろん100円ショップには便利なものがたくさんあります。問題なのは100円ショップではなく、父の買い方です。
値段が安いと、買うまでの思考まで軽くなってしまう。110円なら失敗しても大したことはない。金額だけを見れば、そうかもしれません。でも家に持って帰れば、一つの「モノ」です。置く場所が必要になるし、片付ける必要もある。管理する必要があるし、最後には捨てる必要も出てきます。100円でも10万円でも、家に入ってくれば一つのモノであることに変わりはありません。

一眼ミラーレスは「失敗だったけど、まあよし」
父は以前、一眼ミラーレスカメラにもかなりハマりました。カメラを買って、レンズを買って、また違うカメラが気になって。いろいろ買いました。そして結局、今は手放しています。
買い物だけを見れば、「失敗だったかな」と思う部分もあります。でも、不思議と後悔だけではありません。カメラを買ったから、写真を知り、レンズによって写りが変わる面白さも知りました。映像にも興味を持つようになり今こうして文章を書いたり、動画を作ったりしていることにも、どこかでつながっています。
だから父の中では、「失敗したな。でも、まあこれはこれでよし」という買い物です。買い物は難しい。買う前には分からなかったことを、買ったあとに知ることもあります。だから、すべての失敗をなくす必要もないのかもしれません。失敗した買い物から、自分の「好き」を知ることだってあります。
一度帰ってから買った、机と椅子
逆に、「これは買ってよかったな」と思っているものもあります。
今使っている机と椅子です。
買うときは、ちゃんとお店まで見に行きました。椅子に座ってみる。机に触ってみる。高さや大きさを確認する。「これ、いいな」と思いました。
でも、その場では買いませんでした。一度、家に帰りました。
少し時間を置いてみる。それでも欲しい。これからここで作業する自分も想像できる。それで、改めて買いに行きました。今では、その机と椅子で快適に作業しています。
この記事を書いている今も、そのとき買った机に座っています。
買った瞬間の嬉しさではなく、その後の毎日の中で、「これ、買ってよかったな」と思える。父にとって、本当に欲しいものとは、こういうものなのかもしれません。
家を買ったときも、正解なんて分からなかった
もっと大きな買い物でいえば、家があります。家を買うときは、さすがに2手、3手先というわけにはいきません。お金のこと、家族のこと、これからの生活のこと。いろいろ考えて買いました。そして今振り返ると、
「あのとき買ってよかったな」と思っています。
今は物価も上がり、家を取り巻く状況も当時とは変わりました。でも、それは結果を知っている「今」だから言えることです。買ったときの父に、未来が見えていたわけではありません。
実際に家族で暮らす。何年も生活する。そして時間が経った今、振り返ってみて初めて、「買ってよかった」と思える。そこで父は気づきました。
買い物の正解は、買った瞬間には分からない。実際に使ってみる。暮らしてみる。時間が経ってみる。そこで初めて分かることがあります。未来は読めません。だからこそ、買う前にできるのは、失敗する可能性を少し減らすことくらいなのだと思います。
だから「1週間」寝かせてみる
そこで父が君たちにすすめたいのが、欲しいものを1週間寝かせること。欲しいと思ったら、欲しいものリストに書いておく。ネットならお気に入りに入れておく。そして、その日は買わない。
1週間後にもう一度見てみる。すると、「あれ? 別にいらないな」となることがあります。それなら、おそらくそのときの「欲しい」という勢いに動かされていただけです。
反対に、1週間経ってもまだ欲しい。使っている自分も想像できる。置く場所も決まっている。今あるもので代用もできない。それなら、もう一度考えてみればいい。もちろん、それでも失敗することはあります。
1週間寝かせるのは、買わないためではありません。もう少し先を読むためです。欲しいという気持ちを我慢するのではなく、「本当に欲しいのかな」と自分に確認する時間をつくる。それくらいでいいと思います。

子どもたちへ
これから君たちは、たくさんの「欲しい」に出会います。
父は「欲しいものを我慢しなさい」と言いたいわけではありません。
欲しいものを手に入れるのは嬉しい。新しいものを買ったからこそ、
新しい世界を知ることもあります。父にとってのカメラがそうでした。
だから、欲しいものは買っていい。ただ、欲しいと思った日に、買わなくてもいい。一度、欲しいものリストに入れてみる。
そして1週間だけ寝かせてみる。その間に、
将棋のように少しだけ先を読んでみてください。
「これを買った自分は、1年後どうしているだろう?」
そこまで考えて、それでも欲しかったら、もう一度その商品を見に行けばいい。父が机と椅子を買ったときのように。本当に欲しいものなら、1週間くらい待っても、きっと欲しいままです。
まとめ|買わないためではなく、少し先を読むために
ミニマリズムというと、「モノを買わないこと」だと思われることがあります。でも父は、そうは思っていません。大切なのは何も買わないことではなく、自分にとって大切なものを選んで買うこと。
衝動買いは、目の前の2手、3手だけで決めてしまう。本当に欲しいものは、その先の暮らしまで考えている。もちろん、どれだけ考えても未来の正解は分かりません。だから完璧に選ぼうとしなくていい。ただ、失敗する可能性を少しだけ減らす。そのための1週間です。
「欲しい」と思ったら、すぐには買わない。リストに入れて、少し寝かせてみる。そして未来の自分に、一度だけ聞いてみる。
「それ、本当に使ってる?」
その一手を挟むだけで、家に入ってくるモノは少しずつ変わっていくと思います。
自己紹介 モリさん 1986 五人家族
3児の父。会社員をしながら、時間に自由な身軽な生き方を目指し中。所持品100個以下の暮らしと、そこで得た気づきを子供たちへの手紙として綴っています。他の記事もぜひ読んでみてください。
