見出し画像

戦後日本のビジネス史はなぜST/SJで勝ち、NTを生かせなくなったのか(第一部)

第1部
戦後日本はなぜ強かったのか
――「ST/SJの文明」として見る高度成長

「日本企業はなぜこんなに変われないのか」。
この問いはよく聞く。だが、本当はその前に、別の問いを置いた方がいい。

「そもそも日本は、なぜあれほど強かったのか」である。

衰退の話だけを見ると、日本企業はただ古く、硬く、時代遅れだったかのように見える。しかし、そんな組織が何十年も世界で戦えていたわけがない。むしろ逆で、日本企業には、ある時代に極端に刺さる強さがあった。

それをMBTI的にかなり乱暴に翻訳すると、戦後日本は「ST/SJの文明」として読むと非常にわかりやすい。

まず前提:「ST/SJで勝った」は、バカにしている話ではない

ここでいうSTは、現実・具体・機能・合理性に強い認知のことだ。SJはそこに、秩序・手順・継続・責任感が乗った運営気質だと思えばいい。
つまり、目の前の現実を正確に捉え、無駄を減らし、手順をそろえ、品質を安定させ、組織を壊さず長く回す力である。

高度成長期の日本が強かった理由を「天才的な独創性」だけで語ると外す。むしろ日本の真骨頂は、見つけた勝ち筋を徹底的に磨き込み、現場で再現し、全社で回し切ることにあった。

要するに、日本は発明だけで勝った国ではない。運営で勝った国だった。

戦後日本に求められたのは、「ゼロから世界を作る力」より「追いつき方のうまさ」だった

戦後の日本は、長い期間にわたって「まだ何もない荒野」で戦っていたわけではない。多くの産業では、欧米という先行モデルがあり、その技術や商品や組織形式をどう取り込み、どう改善し、どう低コスト・高品質で仕上げるかが勝負だった。

このゲームで強いのは、未来を自由に夢想する人だけではない。むしろ強いのは、現場の精度を上げる人、標準化する人、教育を揃える人、異常を検知する人、歩留まりを上げる人である。

つまり、抽象的なビジョンを語るより、「昨日より一ミリ良くする」能力が利益に直結した。

日本企業が強かったのは、この一ミリを、現場の執念と組織規律で積み上げるのが異様にうまかったからだ。

日本企業の強さの正体は、個人の才能より「組織としての再現力」にあった

日本企業の強さを個人のカリスマで説明しようとすると、どこかで無理が出る。もちろん優秀な経営者や技術者はいた。だが本当に恐ろしかったのは、ある一人の天才がいなくても、会社全体として品質を揃え、改善を回し、現場を維持できたことだった。

この「再現できる強さ」は、まさにSとJの世界である。具体に落とし、習慣にし、手順にし、誰がやってもそれなりに回る状態を作る。

しかも日本は、そこにT的な合理性も混ぜた。情緒だけで動くのではなく、コスト、歩留まり、工数、品質、納期を非常に細かく見た。だから「共同体っぽいのに、実はかなり機能主義」という独特の組織ができた。

冷たい実力主義だけでもなく、ぬるい仲良し集団だけでもない。規律ある共同体で、機能的に回す。これが強かった。

だから日本の現場は強かった。強いというより、しぶとかった

日本企業の現場には、良くも悪くも「崩れにくさ」があった。誰か一人が抜けても、すぐには壊れない。担当替えがあっても、一定の品質は出る。トラブルが起きても、現場が何とかする。こうしたしぶとさは、派手さはないが、競争力として非常に大きい。

しかもその時代は、今ほど速度勝負でもなければ、ソフトウェアのように勝者総取りでもなかった。少しずつ良くすること、長く続けること、品質を落とさないことが、そのまま国力になった。
つまり戦後日本は、「面白い会社」が強かったというより、「ちゃんと回る会社」が強かった時代だった。

ただし、日本はST/SJだけで勝ったわけではない
ここを雑にすると外す。日本にも当然、構想を作る人、全体を設計する人、普通の現場感覚では見えない仕組みを発明する人はいた。

むしろ本当に強い企業は、少数のNT的な設計者が骨格を作り、その骨格を大量のST/SJ的な人材が現場で磨き込み、安定運用に変える構造を持っていた。

つまり、日本の強さは「NTがいない社会」ではなく、「NTの発想を、ST/SJの組織力で現実にする社会」だったのである。

この組み合わせが噛み合っている間、日本は強い。発想だけで終わらないし、運営だけで閉じない。構想と実装が分業できていたからだ。

では、なぜその国が後に苦しむのか

答えはシンプルで、ある時代に勝った運営様式は、環境が変わると、そのまま足かせにもなるからだ。

手順、合意、前例、現場調整、長期雇用、社内育成、部門間のすり合わせ。これらは高度成長期には強さだった。だが、産業構造が変わり、ソフトウェアや無形資産やビジネスモデル転換が重要になると、同じ強みが逆噴射を始める。

戦後日本は、ST/SJで勝った。問題は、その勝ち筋があまりに大きかったために、次のゲームに移る時に自分で自分を切り替えにくくなったことだ。

第1部のまとめ

戦後日本の強さを「保守的だからダメ」と切ってしまうのは、歴史の見方として浅い。

本当は逆で、日本の保守性や秩序性や現場主義は、ある時代には世界最強クラスの競争力だった。

ただし、それは「どの時代でも通用する普遍的正解」ではなく、「その時代に強かった解答」だったにすぎない。

そして、ある解答が長く当たりすぎると、人は次の問題で前の答えを使ってしまう。

日本企業の苦しさは、まさにそこから始まる。

いいなと思ったら応援しよう!