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コーラ坂③_しえり

もう何年も前に見た夢だから、顔までははっきりと覚えているわけではない。
でも、なぜ今になってその夢に出てきた彼をナオトに重ねたのか...

朝から少し微熱っぽいことに知らんぷりしていたけど、6時間目が終わるころには、いよいよ熱が上がってきているのを感じた。

今日の部活は無理だな。

マモリは先生と部長それぞれに部活を休むことを伝え、ふらふらと自転車置き場へ向かった。
ペダルを漕ぐ脚に力が入らなかったが、頬に当たる風が熱を奪ってくれるようで気持ちがいい。
もう少しでサク爺の駐輪場と思ったとき、マモリはバランスを崩した。
いつもなら、足がさっと出て支えられるぐらつきに、熱でだるくなった体はすぐに反応できなかった。
ガシャンと倒れる自転車に身を任せたまま、あぁこれは後で絶対あざになるなと思うくらいにペダルが脚にぶつかった。腕は少しの擦り傷で済んだが、熱に浮かされているせいか痛みは鈍かった。
挟まれた自転車から這い出し、自転車を持ち直すと、ハンドルは少し曲がっていた。
駐輪場の傍でよかった、と曲がったハンドルのバランスを取りながら自転車を牽いて駐輪場に向かい、まだいっぱいの自転車の中、空きを探し、なんとか駐輪した。

コーラ坂は熱と打ち身でしんどいマモリの身に堪えた。
家に着くと着替える力もなくベッドに倒れ、そのまま眠ってしまった。

「...まーちゃん...まーちゃん大丈夫?」

母がベッドの隣にしゃがみ込み、マモリの髪を優しくかきあげ、おでこに手を当てた。
「今ね、ナオト君がまーちゃんの鞄を持ってきてくれたのよ」
「え?!」
マモリはびっくりして飛び起きた。
「まだ下にいるの?」
「さっき帰ったところよ。まーちゃん自転車に鞄置き忘れてたんだって?」
母は冗談めかして、ちょっと呆れたという顔をして見せた。

そうだ、自転車を停めるのが精一杯で鞄のことなどすっかり忘れていた。
でもなんで、なんで私の鞄だってわかったんだろう?

「お、お母さん。私ちょっとお礼言ってくる!」
階段を駆け下り、洗面台の前で素早く髪を梳かすと、靴を引っ掛け外に出た。
玄関を出てから、かかとに指を入れ靴を履きなおす。つま先をトントン鳴らしてからコーラ坂を小走りに降りた。

ぐっすり眠ったせいか、身体はすっかり楽になっていた。
夜のほうが草木の匂いがむんと濃く感じる。

駐輪場に着くとマモリの自転車が外に出されているのが見えた。

あれ?私ぼんやりしていてあんな所に停めたっけ?
そう思ったとき、ナオトが工具をもって来るのが見えた。

「ナオト!」
マモリは思わず大きな声で叫んだ。

ナオトは声のするほうに顔を向け驚いた顔をした後、マモリの自転車のハンドルを動かしながら、派手にやったな、と言った。
「ちょっと体調悪くて、ここに辿り着く直前に転んだ。」
「怪我は?」
しゃがんで工具を選ぶ手を止めて、ちらっとマモリを見上げた。
「多分、あざと擦り傷だけ。」
「それならよかった。自転車のほうが重症かもな。」
久しぶりなのに、ナオトの冗談交じりの会話が二人を気まずくさせない。
「結構、ひどいの?」
さっきは余裕がなくて確認できなかった自転車の様子を見る。
「全然。ちょっとハンドルが曲がったくらいだよ。俺がいつもちゃんと管理してやってるから」

マモリはいつもぴかぴかで、空気いっぱいのタイヤを思い浮かべた。

「ナオトがやってくれてたの?てっきりサク爺がやってくれていたのかと思った。」
まあな、といって器用にハンドルをまっすぐに直した。
だから、私の鞄だってすぐにわかったのか、とマモリは急に恥ずかしくなった。
「...ありがとう。」
その言葉にナオトは照れるでもなく、おぅと答え、ハンドルがまっすぐか確認するためにサドルに座って、ハンドルを左右に軽く動かし確認した。
よし、と言って自転車を駐輪場に停めてから、ちょっと待っててと言って、工具を持って家に入っていった。

マモリはハンドルがまっすぐになったぴかぴかの自転車を見ながら、これまでにも、こんな風にナオトはいつも何も言わずに私を助けてくれていたなと思い返していた。
向こうが何も言わないから、なんとなく自分も何も言えないでいたけれど、今日やっと直接ありがとうを伝えられた。

背中をつつかれて振り返ると、ナオトがコーラを差し出していた。

「送るよ。」

二人でコーラ坂に向かい歩いた。夜のコーラ坂を街灯が照らし、草の匂いと、コーラの甘い匂いと、無数の虫の音がしていた。

むかしさ、とコーラを一口飲んだ後、ナオトが口を開いた。

「むかし、マモリが引っ越してきた時、ここはコーラ坂だよって言ってたんだよな。まだその時はコーラなんて飲んだことなくて。母親にねだって、初めて飲んだ時は辛すぎて一口しか飲めなかったんだよなぁ。」

まともに話すのは中学卒業以来初めてかもしれない。

「枝をさ、踏むとパチパチ音がするんだよって二人で踏んだんだよ。」
「そんなことあったっけ?よく覚えていたね」

幼いころの思い出、鮮明に強烈に覚えていることと、いくら言われても全く思い出せないことがあるのはなぜなのだろう。

「そっかぁ、覚えてないか。そのあとマモリが転んで大泣きしたから逃げだんだよな、俺」
逃げたの?と言ってマモリは笑った。

あれ?マモリはナオトの記憶の中に自分の記憶のかけらを見つけた気がした。

「逃げた逃げた。マモリが大声でおかあさん呼ぶから、俺怒られるかもしれないって思ったんだろうな。いかないでぇ~って言ったマモリを置いて」
「ひどい」
ナオトが大げさな身振りをしながら話すので思わず笑ってしまう。

「でもこうやって話すの中学以来だね。学校変わるとやっぱり話す機会が減っちゃうね。」
もう坂もほぼ登り切ったところで、そんなつもりはなかったのだが、名残惜しさいっぱいの言葉が口をついて出てしまった。

幼いナオトの思い出の中に自分がいたことが嬉しかったからかもしれない。

ナオトは意外だなという顔をしてマモリを見た。
「また、ここで会えるから、大丈夫だよ」
「え?」
「なんかあったらいつでも連絡しろよ。自転車の管理は引き続きやるし、あの時逃げたお詫びに。」
にっこりと笑うナオトに胸がいっぱいになる。

特別な夢の続きにやっと出会える。


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