第21話 もう一つの「ありがとう」|第3部・推し活編①
主語が「俺」じゃなくなった夜
夜のバスで止まった指が、
二年後の神宮で、
「ありがとう」という言葉に変わった。
前の章で最後に残ったのは、怒りではなかった。
正しさでも、勝利でもなかった。
ありがとうだった。
大人サッカーチームという場所に関わった人たちへのありがとう。
最後までサッカーに向き合えたことへのありがとう。
何も言わずに帰ったあと、それでも残っていたありがとう。
そして俺には、もう一つの「ありがとう」があった。
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赤い観覧車の前で
2023年6月。通勤のバス。
インスタでたまたま流れてきた一枚の写真に、指が止まった。
乃木坂46、賀喜遥香さん。
笑顔、というほど笑っていたわけじゃない。
でも、目が離せなかった。
赤い観覧車の前で、少しだけ遠慮するような立ち姿。
華やかな場所にいるのに、こちらへ何かを押しつけてこない。
自分を大きく見せようとする圧もなかった。
その感じが、なぜか頭から離れなかった。
タイミングが全部だった。
実家通いが安定して、生活が整い始めていた。
仕事と生活の呼吸が戻ってきていた。
大人サッカーチームとの距離感も掴めてきていた。
「証明しなきゃ」が少し静かになって、外に余白が生まれていた。
そこに入ってきたのが、あの一枚だった。
あの写真が俺を変えた、というより、
変わり始めていた俺の中に、あの写真が入ってきた。
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柔らかい光
今思えば、賀喜遥香さんは、硬くなっていた俺の人生に、最初に柔らかい光を入れてくれた人だった。
圧倒的な強さで救われたわけじゃない。
むしろ惹かれたのは、弱さや不安を抱えたまま、それでも自分の場所に立っているように見えたところだった。
強く見せるのではなく、
優しさを失わずに踏ん張る。
その姿に、当時の俺はたぶん、自分でも気づかないまま反応していた。
俺が惹かれたのは、スター性そのものじゃない。
センター実績でもない。
昔の俺は、単騎で貫く強さに憧れていた。
でもこの時の俺は、温度を求めていた。
だから入ってきた。
ラジオも気づけば毎週聴いていた。
低めの声。
自然体。
たまに出る大阪弁。
アイドルとしての姿だけじゃなく、
“人間”としての距離感があった。
ここで、俺の中の何かが少しずつ変わっていく。
サッカーで学び始めていた「一人で抱えない」が、
別の場所でも起き始めた。
賀喜遥香さんは、俺にとって最初の柔らかい光だった。
そして、その光は今も残っている。
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午後8時8分、神宮
2025年。神宮。
乃木坂46全体のコンサートとしては、俺にとって初めての現場だった。
午後8時8分。
花火。
『Same numbers』。
「8に愛されている」と話してきた彼女には、
少し出来すぎた夜だった。
でも、その出来すぎている感じまで含めて、あの夜の記憶になった。
そして、花火が夜空に広がった瞬間だった。
賀喜遥香さんが見せた笑顔は、
あとから思い返しても、俺が見た中で一番嬉しそうな笑顔だった。
何かを証明しようとしている顔じゃない。
誰かに勝とうとしている顔でもない。
その場所に立てたことを、
心から喜んでいるような笑顔だった。
その笑顔を見た瞬間、
心の中で最初に出た言葉は、これだった。
「ありがとう」
立派にまとめる気はない。
ただ本当に、ありがとうが先に出た。
それが自分でも不思議だった。
昔の俺なら、どこかで「俺が」「俺も」「俺は」になっていた。
でもあの夜は、主語が自分じゃなかった。
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もう一つの「ありがとう」
この変化は、推し活で良い人になったとか、そういう話じゃない。
サッカーで、仲間の背中や言葉に助けられ、
一人で抱えないことを少しずつ覚えていった。
その延長線上で、あの一枚が入ってきた。
賀喜遥香さんは、俺の人生を代わりに進めてくれたわけじゃない。
ただ、硬くなっていた心に、柔らかい光を入れてくれた。
その光があったから、
俺は少しずつ、優しさや温度を受け取れるようになっていった。
だから俺は、俺のままだ。
刺がある。
毒もある。
正しさで削りたくなる日もある。
面倒くさい自分もまだいる。
でも同時に、
「ありがとう」が先に出る日が増えた。
それは、大人サッカーチームで受け取ったものとも繋がっていた。
勝ったからじゃない。
認められたからでもない。
全部がうまくいったからでもない。
それでも、残ったものに手を合わせるように、
ありがとうと思える瞬間があった。
たぶんそれが、俺が取り戻したものなんだと思う。
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次回予告
第22話
次回 静かな火①|第3部・推し活編②
——嬉しい自分が、目を覚ました——
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前の章から読む
第2部の最後に残った「ありがとう」は、
この最終戦で生まれました。
脚注
本稿は記憶に基づくノンフィクションで、個人・組織が特定されないよう一部を調整しています。
登場する人物への敬意を前提に、筆者自身が受け取った印象と変化を中心に記しています。
※乃木坂46は、日本の女性アイドルグループです。本稿では、グループや活動の詳細説明ではなく、筆者自身が受け取った印象と変化を中心に記しています。
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