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『哀れなるものたち』レビュー|道徳の檻を解体する新人類。性と社会への共感を地続きで獲得していく、至高の「皮肉」の解剖劇。

自殺した妊婦の遺体に、その胎児の脳を移植されて誕生した女性、ベラ。本作は、エマ・ストーンが幼児のおぼつかない身体から知的な大人へと至る驚異的な覚醒を演じ、ヨルゴス・ランティモス監督が歪んだ映像美術で世界を驚愕させた奇想天外なゴシック寓話だ。


■ 5秒でわかる結論

  • おすすめ度:★★★★★

  • 優先度 :極高(社会の「常識」や男たちの支配欲を、純粋な好奇心だけでブチ壊していく痛快さと、極上の皮肉を堪能したい時に)

  • 上映時間 :約141分

  • 感情タイプ:万華鏡のような異世界美術に圧倒され、恥を教わる前に「性」や「世界の格差」をダイナミックに吸収していくベラの覚醒に痺れる

真っ白な視点で世界の構造を学習し、真の自立を遂げるプロセスを描いた傑作。男たちの不条理なルールに悪意なく「なぜ?」と問い続け、システムを突破していく爽快感が凄まじい。旅の果て、自ら選択した環境で静かに未来を見つめるラストルックは、鳥肌ものの充足感に満ちている。


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■ 向いている人・向かない人

【向いている人】

  • 「男のプライド」等の不条理なルールを、ロジックだけで平然と解体していく主人公の圧倒的な主体性を味わいたい

  • モノクロから鮮烈な色彩へ変わる、19世紀ヴィクトリア朝ベースの悪夢的で美しいスチームパンク調の世界観に没入したい

  • 過去の因縁から決別し、自分がどう社会に関わるかを冷徹かつロジカルに決断していくカタルシスを体感したい

【向かない人】

  • 過度な性描写のない、マイルドで保守的なヒューマンドラマを求めている

  • 魚眼レンズや不協和音など、ランティモス監督特有の「実験室で被写体を覗き見ている」かのような前衛的演出が苦手


■ 作品の評価

【微妙だった点】
ベラの成長スピードが天井知らずで自立への意志も強固なため、一般的な人間らしい「長引く感傷的な葛藤」はほぼ描かれません。メロドラマ的な情緒の揺らぎや泥臭いエモさを期待すると、その決断の速さに拍子抜けする可能性があります。

→ しかし、この「強固な覚醒」こそが本作のテーマの核です。ベラは世界の残酷さに直面して激しく涙し、怒りながらも、決して思考を停止しません。男たちの支配欲を冷静に観察し、世界の貧困や娼館での労働経験すらも、社会の構造を学び他者への共感へと繋げていく。この純粋さの前に、彼女を支配しようとして自滅していく男たちがただただ滑稽な道化へと反転していく構造の批評性こそが、本作を至高の人間風刺劇へと押し上げています。

【視聴価値(時間効率)】
約141分。ベラの脳の成長段階に合わせて、セリフ、衣装、美術、社会への眼差しの深さ、カメラワークの歪み具合までがグラデーションのように変化していく。一瞬の無駄もなく映像の快楽と知的な刺激が詰まっており、時間効率は極めて高い。


■ ながら視聴適性

【判定:不可(完全集中推奨)】
本作の面白さは、幼児のおぼつかない足取りから気品ある知的な佇まいへと変貌していくエマ・ストーンの驚異的な身体表現のディテールと、一瞬たりとも現実を感じさせない絵画的な美術デザインにある。広角魚眼レンズがもたらす実験室のような緊張感や視覚的な仕掛けを五感で堪能してこそ映画の本質が伝わるため、環境を整えて凝視すべき一作だ。


■ なぜこの映画は「皮肉」なのか

本作における「皮肉」の本質は、倫理を無視したマッドサイエンスによる異形の存在(ベラ)が最も理性的な「新人類」として完成し、彼女を檻に閉じ込めようとしたノーマルな男たちこそが最も不条理に堕ちていくという、歪な因果関係の逆転にあります。

妊婦の遺体に胎児の脳を移植するという設定から、社会的な恥を教わる前に快楽に目覚め、そこから格差・階級の本質、他者への共感へとダイレクトに繋げていくプロットのロジックが秀逸。人間社会のルールを根底から笑い飛ばす知的風刺としての深みを獲得しています。

最大の見どころは、旅を終えてベラが自らの意志で選び取った環境で佇む終盤のラストルック。彼女を脅かそうとした過去の因縁に対し、学んだ医学の知識を逆手に取って下した痛烈な因果応報。それらが歪に同居する空間には、かつての支配関係は意味を失い、独自のユーモアがもたらした奇妙な調和だけが残る。世界のシステムを平熱で超越したかのようなこの穏やかな余韻にこそ、本作の様式美の本質が宿っています。

物語は、倫理を超えた実験室での誕生(シーン)から未知なる外の世界への旅立ちと性の目覚め(展開)、格差への直面と娼館での経験を経た社会性・共感の獲得(描写)、そして過去の呪縛へ因果応報の制裁を下した真の自立(全体)へと進み、観客の認知を「社会の常識という檻を純粋な好奇心と知性だけで解体し、己の意志だけで人生の舵を執る、最も洗練された新人類の誕生ドラマ」へと導いていきます。


■ 他作品との比較

  • 神や親の庇護から切り離された人造人間が、人間の悪意に直面し世界の不条理を経験しながらアイデンティティを模索していくゴシック・ホラーの原点 → 『フランケンシュタイン』

  • 滑稽で不条理なルールに縛られた社会を背景に、人間が勝手に作り上げた「愛」の定義を、冷徹なユーモアと乾いた映像美で徹底的に解体するディストピア・サスペンス → 『ロブスター』

  • 外の世界から隔離され、歪んだ親の「嘘」だけで育てられた子供たちが、リアルに直面していくプロセスを冷酷に描いた監督の出世作 → 『籠の中の乙女』


■ 個人的な感想

社会的な「恥」を教わる前に自らの肉体の快楽に目覚め、そこから世界の貧困への憤り、階級社会の構造といった知性と共感へダイレクトに繋げていく成長プロセスのダイナミズムに痺れた。単純なフェミニズム賛歌ではなく、偏見のない真っ白な頭脳が世界の構造をハイスピードでスキャンし、豊かな感情を宿しながら主体的にアップデートしていく鮮やかさが、ソリッドな映像美と完璧にシンクロしている。

だからこそ、彼女を支配しようとして自滅していく男たちの姿を徹底的に滑稽に描き出すプロットの毒がたまらない。どれだけ数奇な運命を辿っても、ベラ自身の佇まいには一貫して冷たく澄んだ知性が漂っており、その「新人類としての平熱」がえも言われぬ格好良さだ。141分のなかに世界観の解剖とビジュアルの快楽を高次元で結晶化させた、まさに「皮肉」の名にふさわしい一本だった。

視聴後の一語:皮肉


■ 最終判断

これは道徳的な正しさに守られて安心するための映画ではない。常識という名の不条理なルールに縛られた旧人類たちが、「純粋な好奇心と知性」によって解体されていく過程を凝視するための映画だ。映画が終わったとき、あなたは自らの庭で静かに佇む彼女の真の自立のルックに、全身のノイズが洗い流されるような心地よい興奮を感じているだろう。

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