ショートショート『The Meaning of the Wind』
今回この企画に参加させていだたいてます。
『風』という素敵なお題を提供してくれた天野 雫さん感謝いたします!
それでは本文スタート。
ーーー
昼休憩。
柏木晴人(ハルト・三十五歳)は、医局の隅にある古びたテーブルでカップラーメンを啜っていた。
白衣の袖を軽くまくり、カルテを横に積んだまま、湯気の立つカップを持ち上げる。救急の呼び出しが入れば三分で食事は終わる。医者の昼休憩など、休憩と呼べるほど優雅なものではない。
今日選んだのは―
『本場タイ風ラーメン』
蓋に大きく印刷された商品名を見つめながら、晴人は小さく首を傾げた。
(本場なのか『風』なのかどっちやねん)
結局どっちなのか分からないまま、彼は何事もなかったように麺を勢いよく啜った。
ズルルルルッ。
「本場風、うまし!」
本人は満足そうに頷いている。
彼は大学病院で働く医者だった。
昼休憩も終盤に差しかかったころ、ナースステーションの前を若い看護師・アスカが通りかかった。
晴人は声を掛ける。
「アスカちゃん今日も可愛いね。今日は石原さとみ風だね」
アスカの足が一瞬止まる。
(セクハラなんだよ。今のご時世そういうの)
笑うべきか、怒るべきか。
ほんの一秒だけ迷ったあと、職業スマイルを顔に貼り付けた。
「ありがとうございます」
笑顔ではあった。
だが、その口角は限界まで引き攣っていた。
晴人はまったく気付いていない。
「あ、そうそう昨日急患で運ばれてきた、白田さん今日はどんな風だった」
「だいぶよくなってそうでしたよ」
「よくなった風なんだ。よかった」
満足そうに頷く晴人。
(おまえのその風の口癖なんとかなんねーのかよ)
アスカは心の中だけで盛大にツッコミを入れ、その場を去っていった。
午後の診療が始まる。
診察室のドアがノックされ、若い女性が少し辛そうな表情で入ってきた。
「失礼します……」
椅子に腰掛けると、晴人はカルテを見ながら優しく微笑んだ。
「今日はどんな風なんですか?」
「熱があって、頭痛とお腹が痛くて」
女性の顔をじっと見つめる。
数秒ほど真剣な表情をしたあと、ゆっくり頷いた。
「風邪風な病状ですね。では口開けてもらえますか? はいアーン」
女性は素直に口を開けた。
ペンライトで喉を照らし、晴人は「ふむ」と頷く。
「ああ、けっこう腫れてる風ですね」
(腫れてる風ってなんだよ。腫れてるのか腫れてねーのかはっきりしてくれ)
女性は思わず聞き返す。
「腫れてるんですか?」
「腫れてる風の病状なんで、安静っぽくしといてくれれば大丈夫ですよ。一週間は病人風に過ごして下さい」
(抽象的な言葉多いな。病人風で過ごすって初めて言われたぞ)
「お薬風なやつ出しておきますね」
(風いらんやろ)
診察は終わった。
女性は診察室を出ながら、小さく首を傾げる。
薬も本当に薬なのか、それとも薬風なのか。
そんな不安だけが胸に残っていた。
ーー
夕方、手術室。
天井の無影灯が患者を白く照らしていた。
室内には電子音だけが規則正しく響く。
ピーッ……ピーッ……。
柏木晴人は両手を掲げたまま、看護師に手袋をはめてもらう。
「これより小腸及び胃内部の腫瘍摘出風手術を行う」
(摘出”風”って言わなかった)
「いつもの音楽かけて」
軽快なピアノ音がスピーカーから流れてくる。
(え、『団子3兄弟』、クラシックとかじゃないの。あんた以外集中できないんだけど)
晴人は少しリズムに乗っている。
器械出し看護師が器具を確認する。
「メスとクーパー」
看護師の手が止まる。
「……同時ですか?」
「はい。BJ風にピッチ上げるよ」
(BJ? ブラックジャック?)
晴人は器具を受け取ると、患者へ視線を落とした。
「じゃあ、お腹的なとこ切っていきますね。」
メスが滑らかに皮膚を切開する。
「はい、バイタル的なやつはどう?」
「バイタル安定してます」
「吸引的なやつ急いで」
(風から”的”に変わった。本気の晴人先生だ)
「止血的なやつも急いで」
「先生、止血できました」
「いい感じですね」
助手の医師は額の汗をぬぐう。
(いい感じってなんだよ。医学に”いい感じ”はねぇんだよ)
しばらくして患部を確認した晴人が頷いた。
「腫瘍的なやつが、だいぶ大きいスタイルだな」
助手が息をのむ。
「……閉じますか?」
「いや、私失敗的なやつしない風なスタイルなんで」
(決め台詞長!全部入れてくるやん)
(でも“スタイル”まで出てきた。超本気モードだ)
「摘出しますか?」
「摘出的なスタイルで行くよ」
助手はすぐに摘出鉗子を手渡した。
数分後。
晴人はトレーへ摘出した腫瘍を置く。
「はい、無事摘出」
助手は恐る恐るトレーを見る。
そこには誰がどう見ても、きれいに摘出された腫瘍が乗っていた。
(完全に摘出してるじゃねぇか)
最後の縫合に入る。
「あとは任せるスタイルで大丈夫かな」
助手が頷く。
「お疲れ様でした」
その瞬間、手術室全員の心の声がぴたりと揃った。
(いや、言葉変だけど完璧な手術だったわ!)
夜勤務を終え、晴人は外へ出た。
夜風が心地よい。
(今日も、大切風な命的なやつ守るスタイル貫けたな)
晴人はそう思い、帰りに『中華そば風』な店で一杯飲んで帰った・・
