エッセイ『あの日の選択』
今回はこの企画に参加させてもらってます!
お題の「あの日の選択」
俺の魂の叫びを聞いてくれ!
ではスタート!
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何日か前、俺はとんでもない記事を見かけた。
朝起きて、眠気の残る目をこすりながら、なんとなくヤフーニュースあたりを眺めていた。いつものように芸能ニュースやスポーツの記事を流し読みしていると、一つの記事が目に飛び込んできた。
〇〇グループのアイドル 、ノーパン始球式披露。
俺は感動した。
ノーパンで始球式をする根性。
お客さんを喜ばせようとする精神。
その覚悟とプロ意識に、俺は胸を打たれた。
(このアイドルを全力で応援しよう)
そう心に誓った。
だが、よく見るとノーバン始球式と書いてあった。
俺はひどくがっかりした。
(なんだよ。つまんねーっと)
人は思い込みだけで、ここまで感情が揺さぶられる生き物らしい。
この例でわかるように、人生とは紙一重である。
あの日の選択が俺を変えた。
十年ほど前の出来事だ。
当時、俺には付き合っている女性がいた。
本当に好きな子だった。
会えない日は自然とスマホを開いてしまうし、何気ないメッセージ一つで一日中機嫌が良くなるような、そんな相手だった。
だが俺は、その大好きだった人に振られた。
別れた理由は、彼女がずっと行きたかった企業が京都にあり、離れ離れになるという理由だった。
「遠距離は難しいと思う」
彼女はそう言っていた。
だが、本当の理由は違うはずだ。
俺には、どうしてもそう思えてならない。
別れる十日ほど前、彼女と中華屋さんで食事をしていた。
店内には香ばしいごま油の香りが漂い、中華鍋を振るう音が絶え間なく響いていた。
俺はその日、無性にチャーハンが食べたかった。
そこにはたくさんのチャーハンがメニューに並んでいた。
カニチャーハン。
レタスチャーハン。
エビチャーハン。
あんかけチャーハン。
俺はエビチャーハンとカニチャーハンで、とても悩んでいた。
ホクホクのチャーハンにエビが混ざった時に奏でるハーモニーか。
ホクホクのチャーハンにカニが混ざった時に織りなすシンフォニーか。
メニューを見つめ、腕を組み、店員さんが二度ほど水を注ぎに来るくらいには悩んだ。
そして、さんざん迷った末にカニチャーハンを選んだ。
俺は十日後、彼女に振られた。
あの時ほど後悔したことはない。
(あの時エビチャーハンを選んでいれば)
俺は人生の二択に負けたのだ。
俺は人生の大事な二択に負け続けてる気がする。
振り返れば、俺の人生は選択の連続だった。
どっちを選んでも世界は終わらない。そんな小さな二択ばかりなのに、あとになって思い返すと、なぜか全部が人生の分岐点だったような気がしてくる。
小学校の時、初めて大きな選択があった。
床屋さんから、
「五分刈りと五厘刈り、どっちにする?」
と言われた。
当時の俺は五厘という言葉に、どこか強そうな響きを感じていた。
(五分より数字が小さいんだから、きっと上級者向けなんだろう)
そんな意味不明な理論で、俺は五厘刈りを選択した。
結果、ツルツルになった頭を翌日教室のみんなから笑われた。
あの時ほど、自分の頭が蛍光灯を反射していることを恨んだ日はない。
最初の選択にも負けた。
今日のランチも二択を迫られた。
カルボナーラにするか、ペペロンチーノにするかという、人生を左右する選択が俺を襲ってきた。
濃厚なクリームの誘惑か。
ニンニクと唐辛子の潔さか。
どちらにも、それぞれの未来がある。
俺はカルボナーラを選択したが、ほんとうにそれが正解だったのか?誰にも判断できないだろう。
そう、神ですらも。
俺はこの先、正しい選択が出来るような人間になるのだろうか?
いや、人生に正解などはない。
そこにあるのは結果だけだ。
