ホラー小説『呪いの人形』
私の家には、たくさんのぬいぐるみが置いてある。
棚の上やベッドの横、机の隅まで、小さな頃から集めてきたお気に入りばかりだ。
お気に入りは熊さんの大きな人形。
ふわふわで抱き心地がよくて、いつも一緒に寝てるの。
全部大好きな人形なんだけど、1個だけ嫌いな人形があるの。
古い和服を着た小さな女の子の人形で、なんか不気味なの。
日本人形って言うみたい。
黒く艶のある髪と、笑っているのか怒っているのか分からない小さな口。
昼間に見ると何とも思わないのに、夜になると視線を感じる気がして、なるべく見ないようにしている。
ママに捨てていいって聞いたんだけど、ダメって言われたから仕方なく置いてるんだ。
私は夜、自分の部屋で1人で寝てるから、この和服を着た子の人形が怖くて。
電気を消したあとも、人形の置いてある棚だけは暗闇の中にぼんやり浮かんで見える気がして、布団を頭までかぶる日もあった。
とある日。
ごはんを食べ終わって、眠くなったから、歯を磨いて寝てたの。
窓の外では風が木を揺らし、カーテンが時々ふわっと膨らんでは元に戻る。
部屋は静かで、時計の針だけがカチ、カチ、と音を立てていた。
夜、目が少し覚めて、暗がりの中、あの日本人形に目をやると、
「キャーー!!」

そこにはドレッドヘアになった日本人形が。
何本もの髪がぐしゃぐしゃに絡まり、まるで生き物みたいに広がって見えた。
声を聞きつけて、すぐにきたママに、人形を指差し、話した。
「あの、日本人形がドレッドヘアーに・・」
私は震える声でママに話した。
「え、何も変わってないわよ。夢でも見たんじゃない」
ママがそう言うので、日本人形を見直すと、
そこにはいつものおかっぱの髪型の日本人形がいた。
さっきまで見えていた髪は跡形もなく、まるで最初から何も起きていなかったみたいだった。
「寝ぼけてただけかな」
私がそう言うと、ママはにっこり笑って部屋を出た。
私は気のせいだと思い、再び布団に入った。
さっき見たものは、きっと寝ぼけていただけだ。
そう自分に言い聞かせながら、熊さんの人形をぎゅっと抱きしめる。
部屋の中は静かだった。
時計の針の音だけが、暗い部屋に小さく響いている。
私は目を閉じた。
そして、いつの間にか眠ってしまった。
(はっ。何か声がする)
耳の奥に、低い声が残っていた。
夢の中の声なのか、部屋の中から聞こえた声なのか分からない。
「キャーーーー!!」
私は飛び起きた。

日本人形の方を向くと、日本人形がパンダのぬいぐるみにキン肉バスターをかけている。
小さな和服の袖を振り乱しながら、信じられない力でパンダのぬいぐるみを逆さまにしていた。
「パンダごときが調子こきやがって、こちとら千年以上の歴史があんだよこのボケが」
またママが部屋に駆け付けた。
「ママ、日本人形がキン肉バスターを」
私は布団の中から震える指で、日本人形の方を指した。
恐る恐る、日本人形の方へ目をやると、また普通の姿へ戻っていた。
おかっぱ頭の日本人形が、何事もなかったように座っている。
パンダのぬいぐるみも、いつもの場所に転がっているだけだった。
「遥ちゃん、今日はどうしたの?具合悪いの?」
ママが心配そうに声をかけた。
「うーん」
私は返事に困った。
本当に具合が悪いのかもしれない。
でも、あれは夢なんかじゃなかった気がする。
ママはしばらく私の顔を見ていたけれど、やがて小さくため息をついて、部屋を出て行った。
やっぱり気のせいか。
そう思って私は眠りについた。
熊さんのぬいぐるみを胸に抱え、布団を首まで引き上げる。
窓の外では風が木の枝を揺らし、カーテンがゆっくりと膨らんではしぼんでいた。
もう何も起きない。
そう信じたかった。
(はっ、また何か声がする)
眠りと現実の境目で、誰かが耳元に近づいてくるような気配がした。
「キャーーーー!!」
思わず飛び起きる。

「DJかーませー」
どこからともなく陽気な声が響く。
少しすると、ターンテーブルからスクラッチの音が響いた。
「シュッ、シュッ、キュキュッ」
静まり返っていた子ども部屋が、まるでクラブみたいな空気に包まれていく。
さっきの日本人形の声だ。
日本人形は私の方へゆっくり歩いてきた。
和服なのに、なぜかキャップを後ろ向きに被っている。
歩幅に合わせて肩を揺らし、リズムを刻み始めた。
そして、フリースタイルでラップを刻み始めた。
「俺の呪いの言葉聞いていきな。
そしておまえは失禁しちゃいな。
おまえは永久歯も生えてねーただのクソガキ。
俺は昔からこのスタイル。
なぜか怖がられるぜ。
髪が伸びたとか伸びてねーとかつまらねーこと言ってんじゃねー。
そんなもんはビビりの錯覚。
俺は人形失格。
そして捨てられるいくスタイル。
それでみんな納得。
イヤー!!」
人形は最後に両手を天井へ突き上げ、満足そうに決めポーズを取った。
私は恐怖よりも先に、
(韻は踏めてる……)
と、どうでもいいことが頭をよぎってしまった。
その瞬間、自分でも意味が分からなくなって、余計に怖くなる。
今度は歌って、遥をディスっている途中でママが入ってきた。
勢いよくドアが開き、部屋の電気がぱっと点く。
「ほんとうに動いているわ!」
ママは目を見開き、日本人形を指差した。
ようやく信じてもらえた。
胸につかえていたものが、一気にあふれ出す。
「ママだから言ったでしょ」
私は目に涙を浮かべ訴えた。
さっきまで強がっていた気持ちはどこかへ消え、安心した途端に涙が止まらなくなる。
「すぐに捨てましょ」
ママはそう言って、震える手で日本人形を抱えようとした。
「たいへん申し訳ありません」
突然、日本人形は畳に額がつくほど深く頭を下げた。
さっきまでラップを刻んでいたとは思えないほど、神妙な表情だった。
「私はここを追い出されると行先がありません。かれこれ三十軒以上捨てられてきました。もう怖がらせることはいたしません。だだかまってもらいたかっただけなんです。何卒置いていただけないでしょうか?」
その声には、さっきまでの威勢の良さはまったくなかった。
少しだけ震えていて、本当に困っているように見えた。
私は思わず日本人形の顔を見つめる。
怖いと思っていたその顔が、今はどこか寂しそうだった。
「ほんとうなのね。遥どうする。ああ言ってるけど」
ママは腕を組みながら、少し強い口調で私に聞いてきた。
本当に信用していいのか。
それとも、また何か企んでいるのか。
部屋の中に少しだけ沈黙が流れる。
私は日本人形を見た。
日本人形はまだ土下座をしたまま、顔を上げようとしない。
その姿を見ているうちに、不思議と怖さよりも同情の方が大きくなっていった。
「わかったわ。なんか可哀そうだから置いてあげる。はい、仲直り」
私はそう言って、小指を差し出した。
日本人形はゆっくり顔を上げると、驚いたように目を丸くした。
そして、おそるおそる小さな小指を差し出す。
「ありがとうございます」
小さな声でそう言って、私たちは指切りをした。
その瞬間、日本人形は少しだけ笑ったように見えた。
その日から、たびたび夜になると日本人形は話しかけてくるようになった。
怖い話をする日もあれば、昔の出来事を語る日もある。
ときどき韻を踏みながらラップを披露してくることもあったけれど、それにも少しずつ慣れてしまった。
私は気付けば、夜が来るのを少しだけ楽しみにしていた。
こうして私は、人間ではないけれど、
とてもいい友達ができた。

fin
