天国の切符
ここは三途の川。
霧の向こうから、足音がひとつ。
ふくよかな男が汗を拭いながら、船着場に
辿り着いた。
「やぁやぁ渡し人殿、聞いておるぞ。
この川を渡れば天国へ行けるとか?」
渡し人は黙って“かい”を握りしめた。
「行き先は魂の重さで決まる。
私に決定権はない」
男は笑った。
「そんなことを言わず、これを見てくれ」
男は金の指輪に金の杖、背中には金の袋。
袋の口を開くと、中には金貨がぎっしりと
詰まっていた。
「これで船をひとつ出してくれないか?
できれば“上流”の方へ……」
渡し人は無言で川面を見つめる。
「それでは……金貨を川に投げなさい」
男は眉をひそめた。
「天国の切符を買うには、まず、“手放す”ことだ」
男はしぶしぶ金貨をひとつ、川へ投げ入れた。
チャポン……。
その瞬間、川は僅かに光った。
「もう一枚」
チャポン……。
「もう一枚」
金貨が沈むたび、川の光は強くなる。
男は青ざめてきた。
袋は軽くなり、手は震える。
最後の一枚を投げ終えた。
「私はもう、何も持っておらんではないか!」
渡し人は静かに“かい”を握り直した。
「それでいい。
その身軽さこそが……切符だ」
船が動き出す。
霧の向こう、光が男を包む。
「なんだ……。
最初から金は要らなかったのか?」
その声は、川の音に溶けて消えた。
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