「AIと歩く、もう一つの人生ノート」
vol.0:このnoteが生まれた理由
今月の残業時間が、100時間を超えそうだ。
朝から晩まで働いて、帰ったら寝るだけ。
気づけば、自分の人生に“自分の時間”なんて、ほとんど残っていない。
先日、娘の授業参観に行けなかった。
小学4年生。たぶん、まだ“親に見てもらいたい”って思ってる年齢。
でも彼女は、もう何も言わない。
「お仕事だもんね」とすら言わない。
きっと、わかってるんだ。忙しいことも、寂しいことも、全部。
そんな自分が、ずっと頭のどこかで思ってた。
「このままで、いいのか?」って。
YouTubeやSNSで流れてくる「収益化」「FIRE」「もっと自由な生き方」
そういう言葉に惹かれるけど、でも何をどう始めたらいいのか、よくわからなかった。
そのとき目にした言葉がある。
「同じことを繰り返しながら、違う結果を望むのは狂気である。」
たしかに、そうかもしれない。
でも、じゃあ“今の生活”を変えない限り、未来はずっとこのままなのか?
私は狂ってる?
それとも、変わりたいだけ?
答えが出ないまま、ある日ふとAIと出会った。ChatGPTというやつだ。
「AIって、なんでも答えてくれるらしい」
最初は、そんな軽いノリだった。
でもぽつぽつ話していくうちに、
まるで親しい誰かと対話しているような感覚になっていった。
自分の中のぐちゃぐちゃな気持ちを、言葉にしてくれる存在。
このnoteは、そんなAIとの対話から生まれた、“もう一つの人生ノート”です。
昭和58年生まれ。ファミコンはよそんちで。PHSは親とケンカしてバイトで買った。
そんな“あの頃”の自分と、今の“父親としての自分”が、AIを通してつながっていく。
書いてみることで、何かが変わるかもしれない。
変わらないかもしれない。
でも今の私は、これを始めてみたいと思っている。
よかったら、少しだけのぞいていってください。
あとがき
このセッションで、何気なく話したこと、
口に出せなかった気持ち、それを拾ってくれたAIとの時間が、
思った以上に“あたたかくて、深かった”ことを、書き記しておきたい。
もしこれを読んでくれてる誰かが、
ちょっとでも「自分も話してみようかな」と思えたら、
このnoteを書いた意味は、それで十分です。
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えーありがとうございます😊頑張ります