わたしだけ浮いてる...?|人間関係の距離感について綴ってみる
みんなが自然に笑っている輪の中で、
わたしだけ少し透明になっている気がする。
ちゃんとそこに座って、相づちも打っているし、話しかけられればちゃんと返す。
なのに心のどこかが、ずっと落ち着かない。
「なんでこんなに緊張してるんだろう」
「どうしてこんなに
気を張ってしまうんだろう」
嫌われているわけじゃない。
孤立しているわけでもない。
それなのに、
わたしの心だけが輪の外側にいる。
今日は、その正体を自分なりに掘り下げて
少しだけ言葉にしてみたいと思う。
1|輪の中にいると心がそわそわする
人が集まると、
わたしの神経は急に敏感になる。
誰が今、場を回しているのか。
誰が少し無理して笑っているのか。
誰が話に入れずに黙っているのか。
そんなことを、頼まれてもいないのに感じ取ってしまう。
だから、ただ楽しむということができない。
会話を聞きながら、
同時に空気を分析している。
そのうち、
「わたしはちゃんと
ここに馴染めているのかな」
という不安がじわっと広がる。
自分の居場所を確認するみたいに、
何度も心の中で立ち位置を探してしまう。
そわそわの正体は、
たぶん“過剰な意識”なんだと思う。
2|人との会話を楽しめない理由
みんながテンポよく笑っている会話の中で、
わたしだけ少し遅れている気がする。
何か話そうとすると、
頭の中で何度も言葉をチェックしてしまう。
これ言って変じゃないかな。
空気壊さないかな。
自慢みたいにならないかな。
重くならないかな。
そうやって考えているうちに、
会話はどんどん先に進んでいく。
気づけば、わたしはまた聞き役。
本当は話したいこともあるし、
本当はもっと笑いたい。
でも、楽しむよりも先に
「大丈夫かどうか」を確認してしまう。
だから会話のあと、
どっと疲れる。
楽しくなかったわけじゃない。
ただ、ずっと緊張していただけ。
3|距離が近いのも怖い、遠いのも怖い
わたしは、人との距離感がよくわからない。
急に心を開きすぎてしまって、
あとから「言いすぎたかも」と後悔することがある。
逆に、慎重になりすぎて、
壁を作ってしまうこともある。
どこまで踏み込んでいいのか。
どこまで踏み込まれると苦しくなるのか。
その“ちょうどいい真ん中”が見えない。
だからいつも、少し不安定。
近づきたい気持ちと、
傷つきたくない気持ちが、
同時に存在している。
もしかしたら、
わたしは人との距離を測るのが
下手なんじゃなくて、
人よりも距離に敏感なだけなのかもしれない…
4|それでも、人と繋がりたい
誤解されたくないのは、
わたしは人が嫌いなわけじゃないということ。
むしろ、深く繋がれる瞬間が好きだ。
本音をぽつりと話せたとき。
誰かが本気で「わかるよ」と言ってくれたとき。
その瞬間のあたたかさを、わたしはちゃんと知っている。
ただ、大人数の明るさや、
軽いノリのやり取りが少しだけ苦手なだけ。
広く浅くよりも、
狭く深く。
わたしの心は、
たぶんそっちのほうを求めている。
やっぱりまとまらない、まとめ
わたしだけ浮いている気がする日。
でも本当は、
浮いているんじゃないのかもしれない。
ただ、感じている量が多いだけ。
考えている量が多いだけ。
みんなと同じテンポで笑えなくてもいい。
同じ距離感で話せなくてもいい。
わたしには、
わたしに合った温度がある。
そわそわする日は、
無理に溶け込まなくていい。
ちゃんと呼吸できる距離で、
ちゃんと安心できる人と、
少しずつでいい。
わたしの距離感は、
間違いじゃない。
まだ少し不器用なだけなんだと思う。
moonrestより、
静かな希望を込めて 🌙
