決断するのは誰だ?
AIが書いた文章を読むことに、もう僕たちはそれほど驚かない。
文法も構成も整っているし、語彙だって豊かだ。
校正も誤字も、きっと人間より正確かもしれない。
でも、それを「出す」と決めるのは誰か。
そして「出さない」と決めるのは、誰なのか。
AIが書いたから、出す。AIが書いたから、出さない。
そのどちらを選ぶかは、結局のところ人間の感情に委ねられている。
ムーンパレスという幻想国家を創ってみようかな、と決めたのは、僕だ。
それはAIが薦めてくれたわけじゃない。
サーバーも、ロゴも、名前も、キャラクターも――すべて僕が「出す」と決めたものたちだ。
どこにも存在しない王国。
なのに、僕の心のなかには確かに存在していて、そこから現実に形を持ちはじめた。
いつの時代も、決断するのは機械じゃなくて、人間だ。
構築された言葉のなかに、自分の想いがあるか。
その想いが、誰かに届くかどうか。
その届いてほしいという感覚を信じられるかどうか。
AIには、迷いがない。
だからこそ、人間にはできるためらいがある。
この一文を載せていいのか。
この考えを表に出していいのか。
今、出すべきなのか、まだ隠しておくべきなのか。
迷って、考えて、それでも出すと決めたとき。
そこに宿るのは、機械には持てない責任だ。
ムーンパレスは、試行錯誤しながら作り上げてきた。
バカにされるかもしれない。
妄想癖って言われるかもしれない。
でも、それでも――僕は、これをネットの世界に出すと決めたんだ。
決断とは、人間の特権だ。
今はまだ、AIは書くことはできても、決めることはできない。
それは小さな投稿でも、大きなプロジェクトでも変わらない。
出すか出さないか。続けるか、やめるか。
最終的に判断を下すのは、ボタンを押すその指を持った、あなた自身だ。
AIが成長して、言葉の表面をどれだけ巧みに飾ったとしても――
その言葉に意味を与えるのは、人間の選択なのだ。
最後に
AIが校正した記事を出すかどうか。
ネタ切れしているという現実を見て、どのような記事を出すのか。
スキやフォローが欲しくても全くいい記事何て浮かばない状態で、
AIに頼って完璧に整えられた一文を、恥ずかしさから投稿できるかどうか。
ムーンパレスという名前を、SNSで名乗ってしまうかどうか。
それを決めるのは、いつだって僕自身だ。
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