見出し画像

わたしの父

ふざけんな、舐めてんのか

涙目で鋭い目つきだった父と、約3ヶ月ぶりに顔を合わせた。その時は4月。仕事を2週間で辞めた後だった。私としてはあと2週間も勤めたらメンタル系の病院に行くと思うくらいには、メンタルがやられていた。1ヶ月後には自ら死んでいてもおかしくなかったと思う。そんな状況だから私は仕事をやめたのだ。

この時のことを父にいくら話しても、そもそも聞いてすらもらえなかった。甘い。社会を舐めてる。それで生きていけると思うな。それを言われ続けた。

この人とは一生分かり合えないし、文句しか言わないから、もう二度と関わらないでほしいと思う。

久しぶりに父と顔を合わせて、改めてそう願った。

◇◆◇

父は名の知れてる大企業で働いている。
営業らしい仕事なのがコロナ禍に伺えた。

そんな父に、私も幼い頃は「パパ〜」と子供らしく父と関わっていた。でも父は父親では無かった。あくまで父なのだ。

幼稚園の発表会も、ピアノの発表会も、学校行事はもちろん、学生時代一番頑張った吹奏楽最後の定期演奏会でさえ、「頑張ったから見に来てよ」「パパに見て欲しいの」といくら誘っても、ほとんど来てはくれなかった。
機械科に進んだ大学で、英語で車の部品について発表する課題があった。父の趣味は車だ。だからわかるまでとことん聞いて助けてもらったことはあった。

でも、それだけなのだ。

大学ではロケット部に入って、私は二度ロケット打ち上げに携わった。大学生で一番頑張ったことだった。新聞、テレビ、私は大学HPで個人としてインタビューで取り上げても頂いた。それを見せても「ふーん」だけ。

ただ親戚たちには「みずはこんなことやあんなことも、なんだかんだやってすごいよ。ほんとにこの子はすごい」なんて言うのに、家に帰れば無口だ。そもそも、その私の姿を見てないじゃないか。

私は何度も父に歩み寄ろうとした。

でも父からは遠ざけられる一方だった。

それでも私は諦めなかったが、二度、もうこの人は無理だと思わざるを得ない出来事があった。

◇◆◇

1つ目は母と父の言い争いだ。
高校生の時、些細なことで父が激怒した。

母を殴るんじゃないかと言うくらいの勢いで怒鳴り続けた。母の言い分を聞く余地も与えず、ただ大声で感情をぶつけていた。

怖かった。

ただ怖かった。

大の大人が大声荒らげて感情に任せて暴論を吐くのだ。
その情けない大人の姿と、その人の血が自分に流れていることが恐ろしかった。

なんであんなことで大声で暴論を吐くのか
なぜ刃向かうことしかできないのか
相手の意見に耳を傾けようとすらしないのか

なぜなのか理解できなくて、その姿がただ怖かった。
その血が自分にも流れることが恐ろしい程に嫌に思った。


2つ目は妹の大学の進路についてだ。
妹は管理栄養士の道を選んだ。

その進路は、専門学校と大学の2つ。

専門学校の方が実習が多い。また妹の性格上、教養やら関係ない科目は興味がわかなくて勉強しない節があるので、妹は専門学校に進みたかったのだ。

でも父はそれを許さなかった。
「大学に行け」

それだけをただ言い続けた。
こちらがいくら理由を言っても、そもそも聞いて貰えない。言おうとすると「ダメだ。大学に行きなさい。金を出すのは俺だ」と強行した。併願ならと専門も受けたけど、大学にも合格してしまったので行かざるを得なくなった。(妹は今楽しそうだから良いのだが) それ以来、妹と父が話しているのを、私も母も見たことは無い。業務のような連絡でさえ、話していない。

◇◆◇

仕事をやめて、父と話して、その出来事を思い出した。

もっと言うと、幼い頃から怒鳴られるのが怖くて縮こまっていた。そして私は口が達者になると言い返して刃向かった。どうも私は論破してしまうようで、父が私に何か言うことは無くなった。

自分のものは散らかっているのに、私たちのものがリビングにあるのが許せないのか、幼い頃はランドセル、それ以降は教科書や私物を、何度も捨てられかけた。リビングに置いていたものが外に投げられていることもあった。何度もゴミ袋に入れられた。


それに加えて今回の件がきた。
確かに私の選択は良くは無いと思う。続けられるのなら続けるべきだ。それで苦しむのは自分だ。

でもそこに居続ける方が私は良くないと思った。
あと2週間続ければメンタル病院に行っただろう。
あと1ヶ月続ければ「死にたい」なんて言い出しただろう。
あと3ヶ月続ければ、たぶん死んでるんじゃないかな。
それか、私の見た目のロボットができてるだけだ。
中身はきっと私じゃない。

そうなる前に、辞めたのだ。
それでも無職ってかなり辛い。ふつうに病む。
自分を責めるし自己嫌悪する。

それに加えて父から大声で罵声を浴びた。
そんなこと言うなら、従う子を育てて、レールを敷いて動かせばいいじゃん、と思った。


それから3ヶ月ぶりに家に泊まり、顔を合わせた。
何も話しかけられなかった。

あれだけ怒鳴っておいて、もうどうでもいいのか。
今はどうしてるとか、聞いて、「まだ働いてないのか」とか怒らないのか。

あなたは何がしたいんだ。

もう私には父のことが分からない。

それに、これ以上歩み寄方法が分からないし、その手段も絶たれたような気もする。

「もういいや」

このまま父と絶縁できないだろうか。
そんなことを想う。

◇◆◇

話は変わるが、私は子供が欲しくない。
産みたくない。

その理由を友人に言ったら「なにそれ笑」と返されてしまったのだが、私は真剣にそう思うのだ。

子供を産みたくない理由は、自分の血が流れるその子を可哀想に思ってしまうから。だから私は子供を産みたくない。

だから欲しくないわけじゃない。
人の子なら大丈夫だと思う。特段、欲しいとは思わないけど。

私は基本、自分が嫌いだ。
生きづらいと思う。
無駄にいろんなことを考えすぎだと思う。
ややこしいし、もし自分が友達にいたら関わりなくない。自分のことをそう思う。

面倒くさすぎる。いろんなことが。
それが自分ですごく嫌だ。

生きづらい人なんて私だけで十分。
そんなにややこしくて、面倒くさくて、考えすぎて、口は達者で、生きづらい子、嫌すぎる。
そんな自分が嫌で、誰にもこんな辛い思いをして欲しくない。

性格は遺伝と環境が半分ずつ影響するらしい。
半分も私の血が流れる、その子が可哀想。

自分の子供に「可哀想」なんて思いたくない。

だから私は子供を産みたくない。


ふと、この理由には父のことも関係するのではないかと思った。

その人の血が自分に流れていることが恐ろしかった。

たった一度でも、恐ろしい程に強く、そう思ってしまったのだ。あの怖い父と同じ血が流れる自分も、いつかあのようになってしまうのでは無いか。

それが私は怖いのだ。

◇◆◇

父と一生顔を合わせなくてもいい。

少なくとも5年くらいは顔を合わせることすらをも本当に避けたい。
父が、子供と接することを「遅かった」と後悔しても私は知らない。

子供ながらに私は父に歩み寄ったのだから、
これ以上は私にはもう何もできないし、
あんな父に何もしたくない。


一度も親をしてくれなかった私の父

今まで育ててくれてありがとう。さようなら。
永遠に決別しよう。


いいなと思ったら応援しよう!

葵月みず|Aotsuki Mizu ここまで読んでいただきありがとうございます🌷︎⸝‍ スキやコメント、サポートが続ける励みになっています!もしサポートいただけたら、自分へのご褒美や彼くんとの美味しいご飯に使います🍽✨️

この記事が参加している募集