キューバ密航船を探して──揺れるキューバの今を旅する 3
キューバから密航船が出航しているらしい──
ある男から聞いたこの一言に突き動かされ、
ひとりのルポライターがキューバへ降り立った。
密航船の情報を追いながら、キューバ全15州をめぐる
熱くて危険な旅が始まった。
暗闇の町に響く歌声
バスターミナルに向かう途中でキヨスクを見つけた。キューバ共産党の機関紙にして同国最大大手紙のグランマを買おうと手に取った瞬間、目を疑った。今日は2月14日だが、2月5日付けだ。顔を上げると、黒人の小柄な老婆は首を振った。
「5日から届いていないの」
「以前からそういうことはあるのですか?」
「たまにはあるけど、これだけ間が空くことはなかった」
グランマは日刊紙である。燃料不足のキューバだけに、各キヨスクへの配送が間に合っていないのかもしれない。

私は9日前のグランマを5ペソ(約1.5円)で買うと、老婆に、最近のキューバについてどう思うか尋ねた。彼女は目を細めて遠くを見るようにしてから口を開いた。
「不満は何もないわ。この国は自由だし、食べる物もたくさんある」
革命世代の党員だろうか。背筋を伸ばして凜とした佇まいで自国を肯定する姿が清々しかった。それは、体の内側から湧き出る言葉のように思えた。私はこれまで関わってきたカサの関係者や移動手段として専ら使っているビシ・タクシー(自転車の後ろに幌を被せた人力車)の運転手や飲食店の店員などに、最近のキューバについてどう思っているか尋ねているが、大半が国の悪口である。そんななかでの彼女の言葉は、ヴィヴィッドに私の体を貫いた。
キューバは1959年、フィデル・カストロやチェ・ゲバラらが革命を起こして時の政権の独裁体制を崩壊させた。直後にそれまで隆盛を誇っていた米国資本の資産を接収。米国は報復に経済制裁を課し、以後67年、米国と対峙しながら独自の経済発展を遂げた。ほかの観光立国とは一線を画した道を歩んでいる。第一次・第二次トランプ政権は経済制裁をさらに強化し、われわれ日本の旅行者にもその影響を与えている。日本からキューバへの送金が出来ないのだ。
その点について、例えば、三菱UFJ銀行はこう説明している。
《弊行では、直接・間接を問わず、包括的制裁対象国(イラン・北朝鮮・キューバ・クリミア地域・ドネツク人民共和国(自称)・ルハンスク人民共和国(自称))が関与・関係する取引については、一部例外を除き、原則、通貨を問わず、弊行ポリシーにてお取り扱いできません》【*1】
ほかの金融機関も似たりよったりの文言で足並みを揃えている。
だから旅行者は無一文になると、日本の家族などからの送金が不可能になる。日本人留学生の中には、現金がなくなり困った挙げ句、わざわざメキシコにまで行って現金を調達してくる者もいるようだ。クレジットカードも使える場所が限られ、先述したハバナ・ビエハの観光エリアの飲食店ですらほとんど使えなかった。だから私もそのつもりで現金3,000ドルと1,000ユーロを持って今回の旅に臨んでいる。
キヨスクの傍らを、キューバの象徴、クラシックカーが排気ガスを撒き散らしながら通り過ぎてゆく。私は老婆と別れを告げ、先を急いだ。
バスターミナルに近づいているはずのに、バスの姿をとうとう一台も目にすることがないまま到着した。はたしてそこはバスのないバスターミナルだった。入口の守衛に「バスは出ているのか?」と尋ねると、「ビアスールに聞け」と素っ気ない。同社は大手バス会社である。
館内の事務所の扉を開けると、意外にも、観光客とおぼしき外国人たちが7、8人いた。私は数日後にはハバナ州の隣のマタンサス州のバラデロという観光地に向かおうとしている。窓口の初老の女性に聞くと、1日2回の便があり、出発の2日前までに同社のWebサイトでの予約が必要だという。19ユーロ(約3,500円)でビザかマスターのクレジット決済のみだという。ただし、当日の出発時間前にここに来ても乗れる可能性は十分にあると言っていた。

ビアスールの向かいは、看板のない受付所になっており、中年の女性が所在なげに座って、スマホに目を落としていた。聞けばキューバ人用の高速バスの受付所だった。私はバラデロまでの便と値段を尋ねた。女性は大きく首を横に振った。
「Combustible」(コンブスティブレ/燃料)がないから今日はまだ1便も出ていない」
「ビアスールは2便あると言っていた」
女性は目を見開いて私を指さした。
「限りある燃料は、あなたたち外国人に回しているのよ。だからキューバ人は長距離移動ができない」
ぐうの音も出なかった。申し訳ない気持ちになりながら、値段は? と尋ねると、彼女は即答した。
「4500CUP(約1,400円)よ。今はそもそも燃料がないから出発できない日が多いけど」
ガソリンは1リットル1.2ドル(約185円)ほどだが、スペイン語でBorsa negra(ボルサ・ネグラ)と呼ばれる闇市だと約5ドル(約780円)だという。キューバに着いてまだ5日目だが、ボルサ・ネグラという言葉を耳にする頻度は少なくない。また、キューバ人の最低賃金は、州によって異なるものの、2025年8月頃で日本円に大雑把に換算すると月額3,000円~5,000円(2100CUP)、平均賃金は月額9,000円~11,000円(6,506CUP)ぐらいだろうか。【*2】
ハバナからバスで東へ2時間ほどのバラデロまでの交通費が4,500ペソ(約1400円)だと、多くが最低賃金で暮らすキューバ人は、仮に燃料があっても気軽に移動できる金額ではないだろう。閑散としたバスターミナルの中に、まるで外国人専用とでも言うようなバスと、キューバ人専用のバスがあり料金も通貨も違う。そんな国は滅多にないだろう。キューバが人々を惹きつけるのは、わずか82名で革命を試みて一国を転覆させてしまったことが最たる理由だろうが、近年のパラレルワールドのような経済構造もある意味では魅力なのかもしれない。

気が付くと、空は暮れかけていた。私はカサに戻って水シャワーを浴びた。日中はTシャツ一枚で過ごせるが、夜になると少し肌寒い。宿泊代は1日2,000円以下と決めているので、お湯シャワーにありつける確率は低い。だが多くのキューバ人は水シャワーの生活をしているはずだ。
滞在先のカサの2階には広々としたテラスがあり、机と椅子もあるため私はそこで1日を振り返る日記をつけている。とそのとき――。音もなく忽然と電気が消えた。私はスマホのライトを頼りに階下に降りていき、外に出た。黒々とした闇の中に人の姿が徐々に浮かび上がり、話し声も聞こえている。カサの若女将に尋ねた。
「停電はどれくらいの頻度で起きているのですか?」
「毎日よ」
驚いて、顔を上げた。ハバナに着いて5日目だが、この4日間は例外だったのか。いや、日中や深夜の停電で気付かなかった可能性もある。
「どのくらいで復旧するのですか?」
「さあ、その日にもよるね。すぐに復旧するときもあれば、12時間ぐらいのときもある」
私はヘッドライトと懐中電灯は大小一つずつ持ってきたのだが、ランタンも持ってくればよかったと後悔した。
だが、暗がりの部屋に戻って固いベッドに横になると、隣の民家から腹に響くような大音量のラテン音楽が聞こえてきた。やがて人々の歌声と手拍子。停電をあざ笑うかのように、踊って歌っているのだ。まったくこいつらは――。停電の暗さのなかにある、人々の明るさのようなものを感じた夜だった。

【*1】三菱UFJ銀行「米国OFAC規制等を踏まえた弊行ポリシーについて」 《閲覧日:2026年2月17日》
https://www.bk.mufg.jp/tsukau/kaigai/soukin/OFAC_ryui.html
【*2】ラテンアメリカのニュースサイト「infobae」(2025.08.12) 《閲覧日:2026年2月17日》
https://www.infobae.com/america/america-latina/2025/08/13/crisis-en-cuba-una-persona-necesita-de-al-menos-tres-salarios-medios-para-cubrir-el-costo-de-la-canasta-basica/#:~:text=América Latina-,Crisis en Cuba: una persona necesita de al menos tres,costo de la canasta básica
*(1ドル/152円/2026年2月14日)
*(1ユーロ/181円/2026年2月14日)
北澤豊雄(Toyoo Kitazawa)
1978年長野県生まれ。ノンフィクションライター。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビアを拠点にラテンアメリカ14カ国を取材。「ナンバー」「旅行人」「クーリエ・ジャポン」などに執筆。著書に『ダリエン地峡決死行』『混迷の国ベネズエラ潜入記』『花嫁とゲバラを探して 〜南米婚活紀行』(いずれも産業編集センター刊)。
※次回は2026年3月17日(火)の公開を予定しています。
今話題の北澤豊雄さんの著書はこちら
破綻国家と噂される、南米ベネズエラで見たもの…
それは絶望か、それとも希望か。
南米随一の産油国として繁栄していたベネズエラ。しかし、長引く政情不安や経済政策の失敗により、国民は貧困に苦しみ、日常的に犯罪が発生する南米最貧最恐の国になってしまった。
すでに「破綻国家」とも言われているベネズエラの本当の姿を見るために、著者は身の危険に晒されながら三度にわたってこの国に潜入する。果たして、著者は何を目撃するのか。
