〚お客をえらぶギター奏者の物語(仮題)〛通し番号173. 《歩み出す》(97)

宴もたけなわ、慶三は 出席者たちから ギター演奏を所望される。
そういう事態に備えて 会場に持参していた愛器を 控室から運んでもらい、
まずは 17〜18世紀の偉大な音楽家によって チェロのために書かれた組曲の 前奏曲を。
次に 現代の名作曲家が曲を書き、映画の主題歌にもなり流行した めぐり逢いを歌った曲を 情感を込め奏でた。
この時の彼の演奏は 聴衆の心を捕らえて放さず、
後々までの語り草となり ギター道場への入門希望者が 殺到する次第と相成った。

席に戻った慶三に「腕を ぐんと上げて来たじゃないか」支配人が 満足気にささやく。
「おかげさまで」
「あんたは カッコいいしな。ギター工房で あんたが最初に すっと構えに入った時は 俺でも惚れ惚れしたよ。
どんな楽器でも そうだろうが、ギター奏者なんて 特に見た目が大事だろ? な、潤ちゃん」
支配人は 慶三越しに 花嫁に同意を求める。
「はい、本当に」
笑みのこぼれる新婦を まぶしそうに眺め、
「今日は、また一段ときれいだなあ、潤ちゃんよぉ」

徳利を手に 挨拶に来た 友人のEを、慶三と潤さんは 腰を上げ迎える。
「先ほどは、素晴らしいスピーチをありがとうございました」
礼を述べる新郎新婦に 会釈を返し、
「いえいえ、こちらこそ 名演奏をありがとう。貴様、とんでもなく上手くなったな」
お世辞など決して言わない 友の評価に、
「おぅ、そうか? T先生に付いて 頑張って練習した甲斐があるよ」
「うむ、これならば 堂々 ギター教師を名乗っても赦されるだろう。しっかりやれよ」
「うん、ありがとう」
新婦が 自身の友人と話し始めたのを見て、Eは しみじみと
「潤子さん、いいなあ」
「うん、いいんだ」
「貴様、今まで結婚しないで良かったな」
「うん、そういうことになるな」
「貴様が 首都からいなくなるのは寂しいが、まあ 時々は遊びに来てやるよ」
スピーチだけならば 上手に取り繕えたが、家に来てあれこれ ペラペラ喋られたら敵わないな…と思ったのが顔に出て、
「なんだ、嬉しくないのか」
「そんなことはない、俺も 寂しくなるよ。貴様も忙しいだろうから、たま〜には 遊びに来てくれ給え」

(この物語は おとぎ話です。登場する人びと、場所、出来ごと等 全て 架空の存在であり、モデルはありません。こんな人びとがいたら良いな、と願って書いているところはあります。)


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