マリー・アントワネットが愛した漆器

JAPANと呼ばれた漆器。時代も文化も超えて、人を惹きつける美しさの話。

漆器の美しさに魅了されたのは、日本人だけではなかった。
18世紀のヨーロッパでもっとも熱狂的な漆器コレクターの一人は、フランス王妃マリー・アントワネットだった。

漆器はJAPANと呼ばれた

話は16世紀にさかのぼる。

桃山時代にはじめて来日したヨーロッパの人々は、金銀を用いて漆黒の地をきらびやかに飾る蒔絵に魅了され、特注品が作られるほどになった。

17世紀には、オランダ東インド会社を通じてヨーロッパへの輸出が本格化した。陶磁器が「China」と呼ばれたように、漆器は「Japan」と呼ばれ、ヨーロッパの富裕層の間で最高級品として認識されるようになった。「Japan」という言葉が漆器を指す時代があった。それほどまでに、日本の漆器はヨーロッパで別格の存在だった。

母から娘へ、受け継がれたコレクション

マリー・アントワネットの漆器コレクションの始まりは、母マリア・テレジアの影響だ。マリア・テレジアはシェーンブルン宮殿内に「漆の間」を作り、日々漆器を愛でていたことが記録に残っている。

マリー・アントワネットは、母マリア・テレジアから約50点の漆器を受け継いだ。これらは主に日本からヨーロッパに渡った蒔絵の作品で、黒い艶と金箔や螺鈿の装飾が特徴だ。コレクションを受け継いだ後も、アントワネットは積極的に漆器を収集し続けた。彼女はヴェルサイユ宮殿やプチ・トリアノンに漆器を飾り、美的センスの象徴としていた。特に、黒漆の深い艶に強く惹かれたと言われている。

革命の混乱の中で

1789年、フランス革命が起きた。革命の最中、自らの財宝に危険が及ぶことを恐れて、マリー・アントワネットは高級美術商ダゲールにコレクションの大部分を寄託した。必要なものについての修理と、運搬に耐えるような革製の保管箱も注文したという。
しかし、彼女がそのコレクションに手を触れることは、二度となかった。

今も、美術館に残っている

コレクションの大部分は国有財産となり、現在ヴェルサイユ宮殿美術館にそのほとんどが所蔵されている。 18世紀のヨーロッパで最高級品とされ、王妃が命がけで守ろうとした漆器が、今も美術館でその光沢を保っている。

時代も文化も超えて

桃山時代の職人が作った漆芸品が、ヴェルサイユ宮殿を飾り、革命の混乱を生き延び、今も美術館に残っている。日本人が日常的に使われるようになっていた漆器の技術を生かした質下品が遠くヨーロッパの王侯貴族を熱狂させた。その美しさは、文化の文脈を超えて、人を惹きつける魅力を持っている。漆器の美しさは、時代も国境も超える。

頑張らなくていい。ただ、本物を選ぶだけ。時間は増やせないけれど、質は変えられる。

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『丁寧な暮らしを』と頑張らなくていい。
ただ、本物を選ぶだけ。
時間は増やせないけれど、質は変えられる。

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