言葉にならない淡い変化を大事にしたい
ひとの気持ちは淡い。変化も淡い。
これまでは、論理的かどうかを重視してきたけど、論理だけじゃないじゃん、と気付いたのがここ半年のこと。最近は、むしろそっちの世界が好きだなと思う。
MBTIは元々INTPだったけど、INFPに変わりました。(TとFは拮抗していると思いますが)
曖昧さをそのまま抱える
論理では説明できない「なんとなく」なことがたくさんあり、前はそこに白黒つけたかったけど、白黒付けない方がいいこともある。
言語化できない感覚を握りしめて、よくわからないままにしておくということの大切さがわかってきた。
以前はそれができなくて、“今どういう状況なのか、どう感じたのか“を説明できる状態が良いことだと思っていた。でも、すぐにわからないこともあるし、言語化しないほうがいいこともあるんだなと思う。今の私のように変化の時期では特に。
心理学では、ネガティブケイパビリティというらしい。その言葉が指す意味をちゃんとわかっていないけど、そういうことが最近わかってきたんだと思います。
サナギの時間は映えない
最近、お仕事関係の友人たちと、「サナギの時期は映えないのかも」ということを話していた。(“サナギ”っていい例えすぎ)
どういうことかというと、わたしが「一緒にこの模索期間を走っている仲間が欲しい。でもSNSでは見つけるのが難しい」という話をした。
「なんで見つからないの?」と聞かれて、「SNSは一瞬の切り取りだけど、どういう人生の流れの中に今があるのかを知ることで共感できる。本当はそういうことを知りたいけど、そういう背景や日々の変化を一人一人意識して、追えないし、追おうともあまり思えてなかった。あとは、途中なのにすごいことしてる風に投稿する風潮もキモいと思ってしまう(今は距離を取れたけど、以前所属していたコミュニティの話)」という話をした。
(問われると「そんなこと思ってたんだ?」という言葉がスラスラ出てきて不思議。対話が大好き…!)
そういうことを話し終えたときに、
「サナギって孤独なのかもね」
って言われた。発想力がすごい。
まさにそうだと思って、変化の時期は“映えない“んだろうなぁと思った。
変化を「深い悩み期→変容の真っ只中期→結果出てくる期」という流れだとすると、悩みは意外と言葉にしやすく共感を呼びやすいし、結果が出てきたら、結果はもちろん言葉にしやすいし人目をひく。どちらも他人の発信であっても理解しやすく伝わりやすいのかも、と思いました。
一方で、変容の真っ只中期は、毎日考えることややっていることが違ったり、淡い気付きは日々あるけどそれはわかりやすい言葉になりづらいことが体感としてわかります。
SNSに書けるほどの、“はっきりとした”言葉になりづらく、ただ淡い感覚を掴みにいっている感じです。
考えていたことが、数日後に変わってることがたくさんある。
やりたいと思ったことが、数日経つと変わったり。やるぞと決めた方法が、試すと自分には合ってなくて辞めたり。
だから、態度として「こうです!」「こういうことがわかりました!!」ということはほぼ言えない。
「なんかわからんけど、最近はこう思ってる」「たぶんこう感じてる…」みたいな曖昧な表現がリアルだと思う。そんな曖昧な表現はSNSでは映えないんだろうと思う。
そういう日々を数週間、数ヶ月続けたら、まとまって「わかりやすい何か」にはなると思うけど、毎日の変化は淡い。目立たない、わかりにくい。
まさにサナギという例えが秀逸で、変容期はこれまでの自分が形を変えてドロドロになって、少しずつ次の形になっていくんだろうなと思う。
無理に言葉にするとウソになる
サナギの私からすると、今の自分の日々を誰かに説明するために言語化すると、その言葉は結構ウソが混ざってくる。それが自分は苦手です。
それを続けていると、「人に説明するための自分」にどんどんなっていく気がしてしまう。せっかく変容期に入れたんだから、本当の自分に開花していきたい。
だから、人にわかってもらわなくてもいいから、自分の淡い感覚を自分だけは掴みにいく。言葉にできたらいいけど、言葉にならなくてもいいし、感覚を感覚のまま持っておける自分で今はいたい。
でも、感覚は再現性が難しいから、感覚をことばにして自分が後からわかる状態にはしたいと思う。そのための日記で、そういう意味を与えることで、人生で始めて1ヶ月日記を続けられている笑
サナギ仲間さがし
とはいえ、サナギは孤独。
ということで、キャリアブレイク研究所のむしょく大学に入ってみました。まだよくわかっていないのですが、サナギ期の仲間がいると嬉しいなと思います。
孤独なのは、淡く、曖昧な状態がリアルであり、わかりにくいから、他人に伝わりづらいからでもあるのかな。淡さを抱えられることと淡さを人へ伝えることのバランスも探っていきたい。
淡さを大切にできて、形を与えられる人間になりたいなと思っています。
それではまた。
