【5分小説】十七歳
今日も頭がイカれそうになるほどの
バカバカしい授業が続く。
ブラウン管テレビの顔をした先生が
喋っている。
僕の隣の席では、
リンゴの顔をした委員長が
真面目に黒板に書かれた文字をノートに写している。
窓際の席では、
洗濯ハンガーの顔をしたクラスのお調子者が
つまらなそうにペン回しをしている。
一番前の席では
海老天丼の顔をした市長の息子が
いびきをかいて豪快に居眠りしている。
教室から窓の外を覗けばアホらしいほどの晴れ模様。
休み時間になると
ライオンの顔をした先輩に
僕を含めたおとなしめの生徒達が屋上に呼び出される。
ライオン先輩とその仲間達に
月に1度3,000円上納するのが僕たちの日課だ。
いや、日課だった
今月から5,000円に引き上げらしい。
僕の隣に立っていた
2年C組の懐中電灯の顔をした奴が口答えをしてライオン先輩とその仲間達にボコボコにされた。
平和な学園生活を迎えるためには、目立たないようにすることが大切だ。
なるべく痛い思いなんかしないほうがいいのだから…
放課後になると、
校舎の横にある来年取り壊す予定の旧校舎にこっそり侵入する。
そして、誰もいない音楽室でガラクタのようなギターを持って無我夢中で掻き鳴らす。
ギター1本で歴史に名を残した
ジェフ・ベックのように。
これは僕だけに許された特別な時間。
ロックンロールを一緒に語れるクラスメイトなんていらない…
今日もバカバカしい授業を終えて
休み時間にライオン先輩に上納してから
放課後、僕だけの演奏会。
「このくだらない世界をロックンロールの神様よ、ぶち壊してくれ…」
僕がそう願うと
突然、誰も開けるはずがない音楽室の扉が開いた。
「ちぇっ、誰かいたのかよ…」
同じクラスの髙橋さんだ。
彼女はバスケ部のエースで
この時間は部活をしているはずだ、それなのにどうして…?
髙橋さんは残念そうな顔で僕を見ている。
「あんた同じクラスの峰島だよね?
陰キャのあんたがこんな誰もいない所で一人でなにやってんの?✕✕✕✕でもしてた?」
「…は!?はぁあああ!???」
ほとんど話したこともない髙橋さんから
セクシャリティな質問がでてきて僕は動揺した。
「まぁ、なんでもいいや。
とりあえず今日のこと喋ったら殺すから」
そう言って、彼女は
気だるそうに座り込んで
口に煙草を咥えて火をつけた。
「え?え?え?煙草!?髙橋さんが…!?」
僕は驚いた、普段の髙橋さんは
リンゴ委員長みたいに真面目ってほどでもないけど、部活動にいつも熱心で悪いことをするような人ではなかったから…
「あんた、よく見たらギターなんか握りしめてんじゃん。ウケるね」
髙橋さんは、まったくウケていない顔で
「なんか弾いてよ」とリクエストしてきた。
僕だけの演奏会で初めての観客だ。
彼女にはいろいろと聞きたいことがあったけど
そんなことどうでもよくなるほど
頭の中からドピュドピュと
アドレナリンが溢れでてきて
気づいたらギターを掻き鳴らして吠えるように歌っていた。
髙橋さんは、煙を吐きながら
無表情のまま聴いている。
「なにこの歌?初めて聞くわ」
「ザ50回転ズのNO NO NOって曲だよ。
ダサい歌ばかり流行っているクラスの連中には、わかりゃしないロックンロールがこの曲に詰まっているのさ。ダニーがこの曲を作った時の思いが僕には痛いほど伝わってくるんだよね。きっと彼も僕と同じような学園生活を送っていたに違いないよ。
僕の世界を変えてくれた曲の1つさ」
僕が熱弁している中、髙橋さんは退屈そうに煙草の火を消していた。
「これから、私
毎日この時間にここに来るから
その度にてきとーになんか歌って」
「え…?
髙橋さん部活はいいの…?」
僕の質問を背に彼女は音楽室を出ていき、煙の匂いとほのかに甘い匂いだけを残した。
その日、僕は自転車の変速を1つ軽くして
立ち漕ぎで夕日とにらめっこしながら帰った。
次の日、髙橋さんは約束通り
音楽室に来て僕はまた吠えるように演奏をした。
「今日の曲はなに?」
「ELLEGARDENの
Stereomanって曲だよ。
この曲はね…」
「ってかさ
A組の村本ってわかる?」
髙橋さんがケータイを触りながら
だるそうに聞いてきた。
「村本…村本…
あー!シュークリームの顔の女子か!」
「なんだよ、それ。
…まぁ、いいけど。
その村本とウチの担任が付き合ってるらしいよ」
「へー、そうなんだ」
僕は、シュークリーム女子と
ブラウン管テレビ先生のことなんかより、ギターのチューニングに夢中だった。
しばらく、沈黙が続いて
「だから、お前は陰キャなんだよ」と
髙橋さんは呟いて帰っていった。
僕はその日、自転車の変速を1つ重くして
下を向きながらゆっくり帰った。
次の日も、髙橋さんは音楽室に
現れては、僕の演奏を退屈そうに聴いていた。
「今日の曲は?」
「神聖かまってちゃんの
ちりとりって曲だよ。
この曲はね…」
「同じクラスの廣岡っていたじゃん?」
「廣岡…廣岡…
ああ、先月学校を辞めたガーベラ顔の奴ね」
「あいつ、今日の朝
電車に飛び込んで死んだらしいよ」
「へー…」
僕はいつも通り、ギターのチューニングをした。他人のことなんてどうでも良かった。
「マジで、つまんない男…」
髙橋さんはそう呟いて色素の薄いセミロングの頭を掻きながら音楽室を出ていった。
僕はその日、自転車の変速を2つ重くして
まばたきをせずに、坂道をノーブレーキで駆け下りた。
それから髙橋さんと僕の奇妙な日々が続いた。
同じクラスだというのに
僕と彼女が会話するのは放課後のこの音楽室だけだった。
6月の雨が降り続く季節になると
クラスの連中はカエルのようにゲコゲコと鳴いたり跳び跳ねたりしていた。
僕は、雨の日だろうと関係なく
いつものように旧校舎の音楽室で
髙橋さんに自分の大好きなロックンロールをぶつけていた。
「今日の曲は?」
「GOING STEADYのYOUTHって曲だよ」
「あっそ、…てかさ
あたしが初めてここに来た時、部活はどうしたの?ってあんた聞いてきたじゃん」
「…え、あ、ああ、うん」
放課後、髙橋さんがここに来るの当たり前過ぎてそんな質問をしたことすっかり忘れていた。
「バスケ部辞めたんだよね」
なんとなくそうだろうと思ってた。
「あんなにバスケ部のエースとして期待されてたのにどうして?」
「ママが新しいパパと暮らすことになったから」
「それがバスケ部を辞める理由と関係あるの?」
「いつもつまんねぇリアクションで終わんのに
あたしのことになるとやたらと質問してくるじゃん、童貞陰キャくん」
「え、いや、それは…」
しどろもどろになる僕に向かって
髙橋さんがそばかすの馴染んだ顔を近づけてきた。
「あんた、そういえば他人のことを
物や動物に見えてんだよね?
あたしのことは、あんたの目には
どう映ってるの?」
髙橋さんの鋭い一重の瞳が
僕の目を吸い取ってしまうかのような勢いで見つめてくる。
30cm…
20cm…
10cm…
と彼女の顔がゆっくりと近づいてくる。
甘くておかしくなりそうな女子の香りが鼻を刺激する。
さっきまでうるさかった雨の音が
聞こえなくなるほど心臓が騒ぐ。
全身が熱くなって爆発してしまいそうだ。
僕は息の仕方を忘れて
目をギュッと閉じた。
「明日、峰島があたしの世界を変えて…」
僕の耳元で髙橋さんが
吐息混じりに囁いた。
その日、自転車の変速を3つ軽くして
雨に打たれながら水溜まりに突っ込んで帰った。
家に着いてからは急いで部屋に籠り
最高のロックンロールを髙橋さんに明日聴かせるため、寝ないで曲の練習をした。
そして、念のため枕でキスの練習もした。
「僕が明日、髙橋さんの世界を変える…」
「えー、突然のことですが今日で
残念ながら髙橋里奈さんは、ご両親の都合で転校することになりました」
ブラウン管テレビ先生が
教壇の前で淡々と説明した。
「短い間でしたが楽しかったです。
ありがとうございました」
先生の隣に立つ、髙橋さんがいつものダルそうな表情でお辞儀をした。
クラスの連中は、ざわついて
わざとらしく悲しむ奴や
聞いてもいない思い出話を語る奴らで溢れていた。
心のない優しさが教室を満たす。
僕は、教室を出ていく髙橋さんを呆然と見つめることしかできなかった。
彼女は、僕の顔を1度も見てくれなかった。
「明日、峰島があたしの世界を変えて」
昨日の耳元で囁かれた言葉が
頭の中で何度も聞こえる。
「僕が…今日…
髙橋さんの世界を変える…」
気づけば、さっきまでの悲しい空気が嘘だったかのように、いつものバカバカしい授業が始まっていた。
「…変える…変える…僕が…髙橋さんの…世界を…」
「先生、峰島くんがブツブツ言ってて気持ち悪いです」
隣の席のリンゴ委員長が真面目に手を上げて先生にチクった。
「変えるんだよ!!!
僕が髙橋さんの世界を変えるんだぁああ!!!」
僕は大声をあげて教室を飛び出した。
体育の授業でもしたことがない全力疾走で
旧校舎のギターを拾いに行き
校舎の屋上へと駆け上る。
空は憎たらしいほどの晴れ模様。
屋上にはライオン先輩とその仲間達が
授業をサボってトランプゲームをしていた。
「なんや?峰島ぁ?
昨日、上納したばかりやのに
もう来月の分持ってきてくれたんか?」
「うるせー!!どきやがれっ猫野郎!!
今から僕のロックンロールで髙橋さんの世界を変えんだよ!!」
先輩達が遊んでいたトランプを踏み潰して
僕はギターを掻き鳴らした。
そして、校庭に向かって
叫ぶように歌う。
「終わらない歌を歌おう!!!
クソッタレの世界のため!!!」
校庭では髙橋さんが
新しいパパの車が待つ校門へと向かっていた。
「終わらない歌を歌おう!!!
全てのクズ共のために!!!」
「やべえ、こいつ超きめぇ顔で叫んでるわ」
ライオン先輩の仲間が笑った。
「それよか、こいつさっき俺のこと
どけとか言ったやろ?
誰がこの学校で偉いか教えてやらんと」
ライオン先輩の思いっきり振りかぶった拳が僕の顔面にぶつかった。
倒れそうになる体を根性で押し戻し
先輩達を無視して歌い続ける。
「世の中に冷たくされて
1人ぼっちで泣いた夜!!
もうだめだと思うことは
今まで何度でもあった!!」
鼻血がポタポタとこぼれ落ちた。
でも、僕は歌うことをやめない。
ライオン先輩が
「なに必死になってんか、わかんねぇけど気色わりぃんだよ」と仲間達と一緒に
僕を殴ったり蹴ったりし続けた。
「真実(ホント)の瞬間はいつも
死ぬほど怖いものだから!!
逃げ出したくなったことは
今まで何度でもあった!!」
あちこち痛いし
口の中は血の味が広がった。
「なれあいは好きじゃないから
誤解されてもしょうがない!!」
僕のヘタクソなギター音と
叫び声を聞いてか
校舎の中がザワザワと騒がしくなった。
「それでも僕は君のことを
いつだって思い出すだろう!!!」
髙橋さんは振り向きもせずに歩き続ける。
「終わらない歌を歌おう
クソッタレの世界のため!!」
騒ぎに駆けつけて先生達が屋上に集まって
ライオン先輩達の暴行を止め始めた。
「終わらない歌を歌おう
全てのクズ共のために!!」
僕はふらつく足で演奏を続ける。
息継ぎをする度に激痛が襲う。
「終わらない歌を歌おう
一人ぼっちで泣いた夜!!」
ブラウン管テレビ先生が「峰島もいい加減やめなさい」と僕のギターを取り上げようとした。
「終わらない歌を歌おう
・・・・・あつかいされた日々!!!!」
必死に抵抗すると
大切なギターが折れてしまった。
だけど、関係ない。
髙橋さんは今日、僕の知らない町へと連れ去られてしまう。
僕は屋上の手すりを強く握りしめて
校庭に向かって叫び続けた。
「終わらない歌を歌おう!!
クソッタレの世界のため!!
終わらない歌を歌おう!!
全てのクズ共のために!!
終わらない歌を歌おう!!
僕や君や彼等のため!!
終わらない歌を歌おう!!!!
明日には笑えるように…」
意識が朦朧として
ぼやける視界の中、髙橋さんが
ようやく屋上を向いてくれて
「それ、なんて曲?」と口パクで聞いてきた。
僕は、息も絶え絶えになりながら
「THE BLUE HEARTSの終わらない歌だよ」と答えて意識を失った。
髙橋さんが初めて笑ってくれたような気がした。
それから、ライオン先輩達は今回の騒ぎがきっかけで、あらゆる悪事がバレて退学処分となった。
生徒からの告発で女子高生との援助交際が発覚し、ブラウン管テレビ先生は左遷となった。
ガーベラ顔の元クラスメイトが飛び込んだ駅には、誰が置いたかわからない泥々のサッカースパイクが供えられていた。
そして、旧校舎は跡形もなく取り壊されてしまった。
でも、ロックンロールは終わらない。
今日も僕は自転車の変速を1番重くしながら夕焼けに向かって歌って吠えて叫び散らかす。
この町にはもういない髙橋さんを想って
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