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父の茶碗に積みあがる枝豆の山と、あの夏の記憶

私の家族はみんな、枝豆が大好きだった。

夏になると、ご近所さんや祖母の家から、枝つきの枝豆が山のように届く。もぎ取るのは、私たち子どもたちの仕事だった。
「虫がいたー!」「チクチクする〜!」と、キャーキャー言いながらも、手を止めずにせっせともぐ。あのざらざらした茎の感触と、少しだけ青臭い香りは、今でもよく覚えている。

特に、父は大の枝豆好き。山盛りに茹でられた枝豆を、片手でガッとすくい、自分の茶碗に山盛りよそって確保するのがお決まり。気づけば目の前には、枝豆の殻でできた“富士山”が完成している。

けれど、時が流れ、ご近所さんや祖母も高齢に。畑をやめてしまい、枝豆をいただくことも減っていった。今ではスーパーで買うのが当たり前に。でも、1袋じゃ全然足りない。お盆で親戚が集まる日なんて、4〜5袋は茹でないと戦争になる。

もちろん、スーパーの枝豆がまずいわけじゃない。むしろ美味しい部類だと思う。
でもやっぱり、どこか違う。
思い出補正なのか、昔の枝豆には、もっと優しい甘さと、噛んだときにじんわり広がる豆の香りがあった気がする。

そんなある日。
母が、たまたま立ち寄ったスーパーで“近くの農家さん直送”という枝豆を買ってきた。
それが、とてつもなく美味しかった。
一口で「え、なにこれ?」と驚くほど甘く、塩気とのバランスも絶妙で、箸が止まらない。

あの枝豆にうるさい父が、「これ、美味いな」と素でつぶやき、気づけば自分の富士山を築いていた。

それ以来、そのスーパーに枝豆を求めて通うようになった。私も、母も。
タイミングが悪いと売り切れていることも多く、見つけたときは迷わず即カゴへ。

子どもも「豆食べる〜!」と喜び、夏の食卓には欠かせない存在に。
枝豆のためなら、暑いキッチンで茹でるのも苦じゃない。
前の晩に茹でて冷やした枝豆が、冷蔵庫で「おかえり」と待っていると思うと、それだけで一日がんばれる。

今日も仕事終わりに冷えた枝豆が待っている。
うっかり忘れずに、ビールも買って帰らなきゃ。

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