「彫像型小顔」の系譜|女優ルシル・ボールから竹内紗里奈への骨格論
映画、ファッション、過去の事象を批評していく「美学の部屋」連載25回目…古今東西、異次元の小顔美人の骨格的共通項について。

よく「現代人は小顔になった」といわれる。
食生活が変化して柔らかい食べ物が多くなり、噛む力が弱まったことで顎の骨全体が昔の人よりも小さくなった...といういわゆる「軟食化による小顔化」論。
これ自体は正しいのだろうし、納得できるのだが、小顔には昔から2種類あるように思っている。
ひとつは、いわれるような現代顔の顎が小さめのV字型の小顔系。
それは古くは16世紀のフォンテーヌブロー派絵画に描かれた美女あたりから始まっている気がする。
貴族文化の豊かさのなかで、数世代で顎が小さくなったのだろうか?
その一方、小顔には別の系統があると思うが、ここは案外だれもまともに論じていない。
もしかしたら医学・骨格医学の分野でもあまり研究されていないのかもしれない。
それは上下が極端に圧縮されたような小顔である。
ハリウッド映画史最強の小顔女優、ルシル・ボール
多少なりとも知られている人の名を挙げると、ハリウッド女優、ルシル・ボールがその典型である。
この人は日本でも60年代に『ルーシー・ショー』がTV放映されて、コメディひと筋のTVタレントと思われていた節もなくはないが、じつは40年代ハリウッド映画の大スターであった。

彼女を主役にしたものではミュージカル・コメディの『デュバリイは貴婦人』(43)がたいそう楽しかったし、ヘンリー・ハサウェイのフィルム・ノワール作品『闇の曲り角』(46)は映画的な傑作でもあった。
その翌年に製作され主演した『誘拐魔』は、ボールをダンスホールのホステスから探偵のような役柄にまで振って、彼女の魅力全開であった。
監督はダグラス・サーク。
「メロドラマ」の巨匠と言われるが、そう単純なものではなく、女性を崇拝し、世の中の男性主義=マッチョイズムにまったく乗らなかった稀有な監督である。
じつは今回の稿は、この映画に触発されるところが多かった。
サークはともかく女優を魅力的に撮る。しかも役柄、演出ともに観客がその女優に肩入れしたくなるようにつくっている。
ロイ・デル・ルース監督の『デュバリイは貴婦人』も、サークの『誘拐魔』も、どちらもルシル・ボールを魅力的に撮ることに全力を注いでいるので、ともかく彼女は美しい。でも、いわゆる「美人顔」とはちょっと違う。
いや、もしかしたらそれほど「美人」ではないのかもしれない。でも、ものすごく魅力的なのだ。
それには彼女のプロポーションも一役買っている。身長171cm。当時のハリウッド女優の平均身長からすれば高身長だ。というのは男性優位のハリウッドでは、女性は「男性に守られる存在」たるべく、主演男優に「包まれる」ような体型が好まれたからである。
高身長のボールは、じつは最初は目が出なかった。デビューは30年代前半。やっと主役や助演で目が出たのが40年代。そもそもその表情にコメディ的資質があったので、50年代以降はコメディエンヌ的役柄へと転向して中年近くになって大ブレイクしていく。

そんなボールの最大の特徴が先に書いたようにプロポーションなのだが、下を見れば素晴らしい美脚。上、つまり顔を見ると、ちょっと上下に寸詰まった感じだが「小顔」である。
いや、これは異次元の小顔である。戦前からのハリウッド女優すべてを見回しても、彼女ほどの小顔は存在しない。
以前から気付いてはいたものの、『誘拐魔』は共演者が刑事だの、殺人犯容疑者だの男性ばかりなので、男優陣の顔と比べてみた。DVDの画面をキャプチャして顔の大きさを比べるとボールの「異次元」の小顔がよくわかる。
全身が映ると何頭身なのか判断できない。
あまりにもすごくて、これは8頭身次元ではなく、9頭身くらいではないか?と。
日本にも「異次元の小顔」女優、竹内紗里奈がいた!
ボールを観ていて思ったのは、日本の元AV女優、竹内紗里奈(村上里沙)のことだった。
AV女優...というと眉を顰める人が多いが、私見では日本映画史をサイレント期から見渡しても竹内ほどの演技力がある女優はなかなかいない。
素晴らしい美貌、類稀な演技力、どんな役柄にも躊躇しないプロ意識といい、これはまったく稀有な、いや、ほとんど奇跡といえるような存在なのだ。
筆者にとっては、もう地上に存在する「女神」である。

その竹内紗里奈もまた顔の上下が寸詰まったような小顔である。公表されている身長は167cm。私見では168cmはあるように思う。ハリウッド女優もそうだが、高身長女性の場合は、少し低めに公称されることが多い。
竹内は高身長なうえに、これまた異次元の小顔。
DVDパッケージなどに共演女優と並ぶと、彼女の小顔が尋常でないことがわかる。しかも資生堂の広告モデルに起用されてもおかしくないくらいの陰影のある美貌だが「エラが張っている」と評する人も多い。だから好きでない、と。
最初は、なるほど瓜実(うりざね)顔が好きな自分からすると、たしかに「エラが張っている」かもしれない、と思った。
だが、見ているうちに気がついてきた。エラが張っているのではなく、上下に押しつぶされているのだと。だから張ってはいないのに、エラが張っているように見えてしまうのではないか、と。

それを検証すべくルシル・ボール作品を観ると、彼女もまったく同じタイプなのである。
言い方は悪いが、この「押しつぶされた」感じの骨格が、異次元の小顔を生み出しているのではないか。
調べてもそうした骨格の発生と美の関係を論じた医学的な論考はないらしい。
幼形成熟がもつ魅力
では、美学的にはどうか?
それもほとんどなさそうなのだが、学問的ではないかもしれないものの連想するところがある。
この小顔女優たちの上下に寸詰まった骨格というのは「幼児性骨格」に近い、あるいはその残存と言ってもいいのではないか? と。
人間の赤ちゃんの顔は上下が短く、しかも顔の下半分にパーツが集中している。これが「幼児性骨格」である。
それが大人になるにつれて上下に引き伸ばされて、いわゆる「大人の顔」に変化していく。
ところがボールも竹内も、このように上下に引き伸ばされずに、大人の魅力に「幼児性骨格」を秘めたことで多くの人を惹きつけることができたのではないか?
ネオテニー=Neoteny(幼形成熟)である。
ミッキーマウスが可愛いのもこの幼形成熟によるものだし、ネオテニーが生物学的にも美的にも「魅力の源泉」として機能していることは、S・J・グールドらが論じている。

このような骨格の例をもう少し出すことができる。
最近、中道連合を退会したばかりの政治家、吉田はるみである。たいへん好みな顔なのだが、この人の骨格を分析するとルシル・ボール、竹内紗里奈そっくりなのである。
ちなみに身長170cm。これまたなかなかの高身長だ。
率直に言えば、この3人はいわゆる古典的な美人とはちょっと違う。先に書いたように「エラが張っている」とか「寸詰まっている」とかの意見も出やすい。
それでも、よくよく見ていると彼女たちの容貌に一種の古典性を感じないではいられない。
顎下が尖らずに水平化することで目鼻立ちの陰影が際立ち、彫像的な立体感を感じさせるのである。ようするに小さな顔の面積のなかにパーツが凝縮されることによって、平面化=フラット感から逃れているということである。
幼児性骨格の顔とコメディの親和性
1930年代にハリウッドでスターになった女優に、やはり似たような小顔の造形をもったマーナ・ロイがいる。当時から古典美の象徴のように言われた美女である。

また、「エラが張った」ということなら、キャロル・ロンバートがいる。彼女もまた陰影の深い彫像美の顔立ちである。古典回帰の30年代は、このように圧縮系の容貌を美の規範として受容した一種、特殊な時代でもあった。
面白いのはロイも喜劇的な映画に出ているし、ロンバートはロマンスもののスターでありながら、それ以上にスクリューボール・コメディの大スターであったことだ。
寸詰まった小顔=幼形成熟は、女性の魅力だけでなく、コメディ向きでもあったのかもしれない。コメディが幼児性に通ずるところがあるのは言うまでもないだろう。
未成熟と完成形がひとつの顔に同居することの魔力
そして彼女たちの顔立ちに共通するのが、みな幼児的な柔和さを保ちつつ、陰影が強く彫像的な古典性を持っていることだろう。これはいわば真逆の魅力の同居である。
「未熟」の象徴としての幼児性と「永遠の完成形」としての古典彫像。それがひとつの身体に宿ってしまったという魔力。
完璧な美女とまでは言えなかった彼女たちが、いわゆる「美女」以上に魅力的に見えた深層には、こんな根幹があったからではないだろうか?

「美」は解剖できるはずだが、美学者は医学を参照せず、医学者は美学に疎い。
でも、そんな両者を近づけてくれるのがルシル・ボール、竹内紗里奈、吉田はるみらの異次元の小顔美女たちではないだろうか?
通常、結びつくようなことのないこのようなジャンルの違う女性3人を「骨格で結びつける」という、この稿の荒技こそが一種のスクリューボール・コメディなのかもしれない。
長澤 均|グラフィックデザイナー・服飾史家
装幀、CDジャケット、美術展などのグラフィック・デザインのかたわらモードを中心に文化史にまつわる著作を多数執筆。『コンピュータ・ノスタルジア』、『美女ジャケの誘惑』、『20世紀初頭のロマンティック・ファッション』、『ポルノ・ムービーの映像美学』、『流行服~洒落者たちの栄光と没落の700年』、『BIBA スウィンギン・ロンドン1965~1974』、『パスト・フューチュラマ』、『倒錯の都市ベルリン』他。オンライン古書店モンド・モダーンを運営し、モード雑誌は1910年代からの『Gazette du bon ton』の完本を21冊、1920年代から70年代までの『Vogue』、『Harper's Bazaar』は180冊あまりコレクションしている。
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