物語とnoteの力を信じてる #創作大賞感想
「それnote案件だね」と妻が言う。いま聞いた話、書いてみたら?という意味で言ってくれているのだ。
数年前、そんなふうに言ってもらって書き上げた投稿は、自己紹介がわりに固定記事にしていたこともあって、多くの方に読んでいただいた。妻のひと言から書いた投稿に、妻からリアクションがあると、やっぱり嬉しい。そんな記事がいくつもある。
またあるとき、とあるカフェで行われていた地域大学の取り組みに参加していたら、「ぜひ、もつさんのnoteで書いてください」と言ってもらって書いた記事もある。誰かから請われて書くことの緊張感と達成感を知るいい機会になった。
自分で思いついて書くのも楽しいけれど、この人になら、と思って頼んでもらえることは、とても嬉しい。期待に応えられるか不安にはなるけれど、読んでもらって感想がもらえると嬉しいし、自分に足りなかったこともわかる。
6年以上、書き続けていられるのは一体なぜだろうと考えることもある。自分では思いつかない視点や、きっかけが与えられて書けることも、支えになっているのかもしれない。
みくまゆたんさんの「僕に、エッセイを書かせてください」を読んだ。
まるで恩返しみたいな作品だ。
10万字超えの本作を読み終えてそう感じた。その字数は知っていたけれど、物語はとてもシンプルで、登場人物も少なく、それぞれの人たちの物語が丁寧に綴られていた。大きな流れの中で、それぞれの人物の視点から見えた景色は、とてもリアルに書き込まれていて、文字数の多さは気にならず、それぞれの人たちの姿が鮮明になっていって、より物語が鮮やかになっていた印象だった。
この作品は、書き手のこれまでの出会いへの恩返しであり、ライターとしての案件への恩返しであり、そしてnoteへの恩返しだなと思った。
noteが主催しているコンテストに出す作品の中で、登場人物がnoteというSNSを使っているというのは、ともすれば忖度と取られかねない。それをあえて避ける人もいるだろう。
阿るために書いている人もいるだろうけれど、この書き手は明確に違っていた。時代に合った描写にするために、身近な存在であるnoteを登場させたのである。そのことで、より主人公たちが読み手に近い存在になり、語られるそれぞれの言葉がより説得力を増して迫ってきた。
書き手としての姿勢や気づき、編集者の視点や指導など、物語の部品のはずなのに読み手に有益なことが多く含まれていた。プロとして意識していることを、登場人物に語らせる…なんというサービス精神だろうか。
あらすじに書いてあることは、あっという間に通り過ぎる。この先どうなるのだろうか…読み手は不安になりつつも、急がず騒がず物語が進むあたり、登場人物たちが愛されているというか、きちんと書いてあげたいという書き手の愛が溢れていた。
ひとりの天才が登場する。天才的な才能をもってしても、何かの拍子に転落してしまうことは、ドラマチックではあるが、実社会でも簡単に起きているのだろう。それらを救えるほど余裕はないけれど、もしかしたら…という想像力は持っていたい。
物語を読みながら、恋人や親子、そして独特な関係の中で、優しい人間になるにはどうしたらいいのか考えていた。話すことでも、もちろん心を通わすことは出来るだろう。でも、書くこともまた、ある程度の重みのある発信と受信ができるはずだと確信した。
メディアとしてのnoteの可能性を信じている書き手ならではの世界観が、とても共感できて、読み手もそれを応援したくなった。書き続けたいと思っている読み手にとって大きなエールとなるし、書くことの厳しさと喜びに溢れていた。
読めてよかった。心からそう思う。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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