"好きなことで生きる" に憧れた結果、分裂しました
あの…ずっと思ってたこと、言っていいですか?
「将来の夢は?」って質問。アレ、けっこう残酷じゃないですか?
つまり「で、君は何者になるの?」ってことを聞いてるんですよね。鉄板の作文テーマにもなっちゃったりして。
…ぶっちゃけ、社会の「何者かになれ」って圧を、あの一言がぜんぶ代弁してると思うんです。
この質問に対して、なーんも知らない子どもは、無邪気に答えますよね。「ケーキ屋さん!」「お医者さん!」「セーラー○ーン!」…なんてね。
あ、3つめは笑うとこじゃないですよ。小学生の時にコレ言ってた子がいて、わたしも当時は笑ってました。でもね、本人はたぶん本気で "セーラー○ーン的な何か" になりたかったんだと思うんです。
でも、当時のわたしたちは、そういうテンプレのような答え方しか知らなくて…「キラキラしたい」とか「強くカッコよくなりたい」とか、その気持ちの根っこはたぶん、ギャグじゃなくて本物だったと思います。
言葉にする力がなかったわたしたちは、一番のお気に入りの "名詞"を一生懸命答えてたんですよね。わたしだって、そうでした。
「漫画家!」って。
小学生の頃はノートに漫画を描いていたし、赤ペン先生のシールを集めてもらった「漫画家セット」を使ってその気になっていたし。漫画クラブにも入っていたから。そんなワクワクする存在が、自分にピッタリだと思っていたんです。
それを、大人たちはニコニコして聞いていたのに、高校生ぐらいになると急に真顔で言うじゃないですか。「現実を見なさい」って。
えぇー!じゃあ、あの頃の笑顔はなんだったの!?こちとら、その気になってたんですけど?途中で手のひら返すなら「15歳までの期間限定ね」って言っといてよ。せめて、夢を見切るための心の準備期間がほしかったわ。乗せるだけ乗せといて、急にハシゴを外さないでほしい。
…チェッ。たまたま、わたしが「お医者さん!」って言っていたら、きっとものすごい協力体制がしかれたんでしょうね。たとえそれが狭き門でも「現実を見なさい」なんて言われたかな?
普通が何を指すのかはさておき…
"普通" から少しでも外れるとザワつく親へのちょっとした反抗心とともに、わたしの中で "ソトヅラもなか" と "ナカミノもなか" が誕生しました。
前者は、現実を生き延びるための仮面。
後者は、それでも "楽しい" を諦めない無邪気な魂。
そしてソトヅラは、ナカミの言ってることを、うまいこと翻訳して…周りにバレないように、バレないようにと暗躍し始めたんです。
わたしは進路選択の頃から、ナカミの「漫画家になりたい」という思いを、ソトヅラが「○○○○に行くわ」と翻訳して周りに伝えはじめました。
ここから先は、鍵をかけています🔑 わたしにとって "ちょっとセンシティブ" な話なので、気になる方だけ、のぞいてくださいね。
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