見出し画像

息子の“参加の形”を探して——受け入れの壁を越えて、地域の学校へ

保育園入園を目前にしたとき、あと一歩で“受け入れOK”だったのに、入園3ヶ月で突然のドタキャン…。それまでの準備や期待が崩れるような経験をしました。
医療的ケア児を育てる親として、“就学”や“園生活”は誰もが通る大きな壁。今回はわが家がどう就学先を決め、どう向き合ってきたかを振り返ります。

保育園入園で直面した壁

受け入れ可能と言われていたのに、入園直前で突然の「やっぱり無理です」。あのときのショックは今でも鮮明に覚えています。
「どうして? 何がいけなかったの?」と、自分を責めたり、社会の壁にぶつかった気持ちでいっぱいでした。

あとで冷静になってみると、親である私たちは日々ケアをしているからこそ「緊急性の高いケア」と「日常的なケア」の区別がつくけれど、保育園や行政にとっては“医療的ケアが必要な子=みんな同じように大変で危険”に映っていたのだろうと気づきました。
未知のものに対する「不安」が、園や支援者を慎重にさせていたのだと思います。

療育で出会ったママ友の話では、「もしものときのために念書を書かされた」という園もあったそうです。親としては胸がつまる話ですが、それくらい受け入れる側にとっては“未知の不安”が大きいのだと、今なら理解できます。

小学校就学を考えたとき

保育園での経験もあり、小学校の就学先を決めるときは正直すごく悩みました。息子はASDの特性も持ち合わせています。医療的ケアと発達支援、両方の視点で考える必要がありました。

最終的に、地域の小学校の情緒学級を選びました。
「医療的ケアが必要だから特別支援学校」ではなく、「息子が地域の友達と一緒に育っていける場所」を大切にしたかったからです。

もちろん、すべてがスムーズにいったわけではありません。最初は「これだけのケアが必要なのに、学校で大丈夫なのか」と不安が渦巻きましたし、学校側も受け入れることに慎重でした。

伝え方を変えて気づいたこと

最初の私は、つい「こうしてほしい」「これはやめてほしい」と、一方的にお願いしてしまっていました。でもそれでは、学校側の不安が解消されないままだったんです。

そこで伝え方を変えました。
「どうしたら息子が参加できるようになるか」
「学校側も安心して受け入れられる方法を一緒に考えてもらえませんか?」

そうスタンスを変えたことで、学校側も“協力者”として動いてくれるようになりました。

運動会では激しい種目は出られないけれど、学校が工夫して“応援アナウンス係”として参加させてくれたり、校外学習では注入を避けて“ミキサー食のお弁当”を持参することで単独参加が実現しました。

おわりに

医療的ケア児の就学問題は、制度や支援だけでは解決できない部分がたくさんあります。
でも「お互いに不安をどう減らすか」を一緒に考えることで、少しずつ道が開けていくのだと実感しました。

息子は今、地域の情緒学級で毎日を過ごしています。
医療的ケアもASDの特性も抱えながら、学校生活に“自分なりの参加の形”を見つけていく姿を、親としてこれからも支えていきたいと思います。

いいなと思ったら応援しよう!

mona ✨この記事が参考になった、共感したと思ってくださった方は、 小さな応援をいただけると、とても励みになります。 「リアルな子育てと、少しの工夫」を、無理なく発信していけたらと思っています🌱