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凡人でよかった

いつからでしょうか。
「人と同じ」じゃイヤになったのは。

昔はあんなに「みんなと一緒」がよかったのに。

そうでなければ排斥されてしまう、みんなと一緒でいる限りはそうでないよりも孤立する確率を下げられる「学校」という特殊な世界で生きていたから、みんなと違うことが怖くて怖くて、その差異にどうか気づかないでくださいと願っていたのに。

小学生の頃、教育ママだった母親の教育方針で、テレビはニュースかダーウィンが来た!しか見させてもらえず、漫画も雑誌もNGだったので、友達の会話に全くついていけなかった。みんなが放課後そのへんで遊ぶ中、私は毎日何かしらの習い事に行かねばならず、友達と遊んだことってあったかしらという具合。みんながポンポネットやらエンジェルブルーやらのピンクだ水色だとパステルカラーに身を包む中、「あんなのどこが可愛いのかわからない、ダサい」という親の感性によりユニクロや組曲のベーシックな服しか着させてもらえなかった。私の性格がひん曲がっていたこともあったけど、そんなこんなで友達がいなかった。そんな幼少期。

だがしかしなぜか高校生くらいからだったか、「個性」というものに痛烈な憧れを抱き始めた。

今度は「埋もれる」ことに恐怖を抱き始めたということなのだろうか。

本当の自分ってどんなだ?と問う日々。

コンタクトレンズのTVCMで「本当の私、デビュー!」というフレーズがあった気がするが、これを機に考え始めるようになったような記憶がある。

あまりにもうまくいかない人間関係に疲れ果て、病み散らかし、それでも毎日人の顔色を伺ってなんとか嫌われないようにぎこちないムーブをかましてしまいがちだった私は、残念ながらそんなふうに「演技」することでむしろ空回り続けていたので、「私の個性」「本当の自分」について考えることは今思うと、「まだ私は本気出してないだけ、本当の私はもっとイケてるはず」というただの願望であり妄想でしかなかった。

要は、覚醒したかったんじゃないか。

私にしかない、特別な能力なのか、特別なパーソナリティなのか。

私の個性ってなんだろう?!と、どこか期待をかけていた。「どうせ大したことない」と蓋をしつつも。

キラリと光る、「私じゃなきゃいけない理由」。


まさにモラトリアムそのものだったなと、今は冷静に振り返ることができる。

でも面白いよね、今も「みんなと違う」で排斥されたくはないし、でも「みんなと同じ」で存在価値が揺らぐのも怖くて、つまり「悪目立ちはしたくないけど特別ではありたい」ってことなんだろうけど、これを贅沢な望みと呼ぶべきなのか、私にはわからない。


とにかくみんなと同じがよかった小学生時代、個性に憧れ始めた高校生時代、その模索に明け暮れた大学生時代。

社会人になり、理系院卒のセールスというだけでちょっと珍しがられたりして、成果も出てきて、なんとなく独自性ができてきたんじゃないか?と、個性への渇望は落ち着いてきた頃。

社会人4年目、コロナ禍でTwitterを始め、1年足らずで3万人を超える人たちにフォローされることになり、まんまと「自分は特別な人間だったんだ」と思ってしまった。

覚醒した、と思った。

漫画でもなんでも主人公の覚醒時は最高に盛り上がるものだけど、自分自身にそんな瞬間が訪れてみると、それはそれはもうドーパミン放出量がえぐいことになるのである。特にそれまでうだつのあがらない人生だったと自認している人間にとっては。(お恥ずかしい限りです)


しかし私は全く特別なんかじゃない。

むしろ、特別じゃないから一定の人から共感され、文章を見てもらえている。本当に、極めて平凡な感性で世界を受け取っている。ただそれを書くのがちょっと得意かもしれないだけ。

本当に本当にただただそれだけなのだ。


こういう立場(インフルエンサーだと思って近づかれることがたまにある立場)であることがきっかけで、多種多様な人に出会う機会が増えた。

そんな中で、"本当に特別な人" というものに出会うたび、自分の平凡さを都度再確認することになる。


数年前までだったら、ひどく落ち込んでいたと思う。

彼ら彼女らをなんとか否定したくて、批判できるとっかかりを血眼になって探して、見つけ次第ヨギボーのようにその安堵の上にどっかりと腰を下ろして酒を煽っていただろう。


でも今の私は、心理職の卵である。

ゆえに、「あぁ私は凡人だ」と思うことを喜べる。

なぜかというと、なんと、心理職は「普通」であることが有利な職業なのだ。心理職の養成段階の心得の中で、「普通の感覚を身につけなさい」的な記述があった。心理職は、自分の視点はさておき、相手から見えている世界をとことん解像度高く理解しようとする姿勢が求められるのだそうで、そのためには普通の感覚というものが役に立つのだと。

実に良い。
そう書いてもらえると非常にありがたい。

放っておくと「どうせあたしなんか特別じゃないんだー!」と病みそうになる人間にとっては、喜んで普通な自分に甘んじられるという利点がある。(そういう意図で書いたんじゃないと思うけど)

なので最近は、特別な人と会った後の帰り道は「何はともあれ、あの人より私の方が心理職に向いてるわ〜」とほくそ笑んでいる。趣味が悪い。


心理職になれるのは早くても4年後。

私のどうしてもどうしようもなかった「平凡さ」を、活かせる時が来るらしい。

早くそうなりたいので、明日も勉強を頑張ろうと思います。


何を書いてるのかわからなくなってきました。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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