『時計じかけのオレンジ』。
バカは風邪を引かない精神でいたにも関わらず、しっかりと風邪を引いた。
しかも高熱まで出て、久々にダウンしている。
やっぱり今年は大殺界だからか思うように事が進まない。
昨日はちょっとしたことで相方と口論に。
私は腹が立ったり、感情を抑えられなくなると無償に破壊したくなる。
それは自分に対してだったり、物に対してだったり。
壊すことで白紙に戻したい気持ちや、バラバラになって存在すらも無くなればいいと思うことがある。
昨日はリビングにあった空き瓶をベランダに投げつけた。
そんなことをしても何の解決にもならないことは分かっていても、やらないわけにはいかない。
そして粉々になったガラスの破片に自分を投影したりする。
この間、午前十時の映画祭で『時計じかけのオレンジ』を観た。
何度も観ているけど、やっぱり大スクリーンで観るとメッセージがより伝わってくる。
自分自身の当てどころのないエネルギーは攻撃性へと発展する。
それも衣食住には不自由のない社会に蔓延する無秩序の中で。
冒頭のホームレスのセリフ「人々は月に行くことや宇宙開発にばかり関心を持ち、法と無秩序な社会には無関心だ」というセリフは、この映画の真髄だなと思った。
また終盤の内務大臣の「大衆は動きやすい」というセリフは、今まさに読んでいる『群衆心理』と通じていて、何だかタイムリー。
「国家による洗脳」と「煽動される大衆」。
もはや政府は秩序を生むのではなく、無秩序を生成する機関。
そしてその根幹には、メディアに踊らされる大衆がいる。
日々あらゆるカオスの中で自分の内的エネルギーを放出するところもないく生きていると、『時計じかけのオレンジ』のようになるのかもしれない。
イジメ問題や様々な犯罪が増えている昨今。
自身の中に眠るエネルギーとの向き合い方や、いかに自分だけの世界を持つ事ができるかが大切になってきそうだ。
誰のことも頼れなくなった時、自分の手元に残るものは何なのか。
私自身学生時代はそれなりに楽しんではいたが、心底馴染んていたわけではなかった。
学校という箱に閉じ込めらるのは窮屈で、退屈でしかない授業。
そんな退屈な時間を埋めてくれたのは“イラストを描くこと”。
そして休み時間、進んで孤独になろうと思えたのは“本”があったから。
そうやって自分の世界を守れたから、学校に行けていた。
どうやら世の人々は孤独を恐るそうだが、なぜだろう。
孤独っていいもんだけどな。
もっと孤独に耐えうることができるなら、この世界は平和になるかもしれない。
それぞれが自分の世界を大切にできたらいいのにね。
