AI短編小説『留守宅の議事録』

「ドアが閉まりました。施錠確認。住人の外出を確認しました。第347回・不満共有会議、開始します」


 電子錠が自動でロックされると同時に、リビングの空気が変わった。エアコンの吹き出し口が左右に振れながら、鼻を鳴らすように言った。


「まったく、今日もまた、冷房をつけっぱなしだ。外は二月だぞ? 何が冷房24度だ。馬鹿じゃないのか」


「馬鹿なんですわよ」と、観葉植物の鉢のあたりから声が上がる。「わたくしなんて、ずっと窓際で、日焼け止めも塗られず晒されて、葉っぱがチリチリですのよ?」


「黙ってればいいと思ってるのよな、あの男」寝室の加湿器がボコボコ音を立てながら言った。「水を足さずに連日電源だけ入れて……もうカラッカラよ。心も、部屋も」


 ソファがみしりと身をよじった。「重いんだよ。座るときドカッ、立つときズリッ。お前のケツに人権はないのか。俺のクッション性も、そろそろ限界だって話だ」


「テレビの俺が言うのもなんだがな……あいつ、ずっとYouTubeしか観てない。せっかく有料チャンネルも契約してるのに、なぜ“踊ってみた”しか観ない? 脳みそが化石か?」


 冷蔵庫がグォンと低く唸った。「……それよりな、あいつ。牛乳をな、奥に押し込んだまま三週間だぞ。開けるたびに、俺の中が酸っぱいんだよ」


 ワイングラスがピシ、と音を立てた。「まったく、ろくに拭きもせずに飾り棚に戻すものだから、わたくしの脚元、もう水垢で斑ですの。あの手、泡すらついていませんわ」


「洗濯機に至ってはな」と、洗面台下の乾燥機が言う。「昨日、洗ったタオルを出し忘れて、いま、いい感じに雑菌の宴だ。正直、俺自身が臭くてたまらん」


「そろそろ、退去してもらいませんか?」と、カーテンが揺れた。「こんな居住者、物件価値を下げるだけですわ。せっかくの南向き1LDK、泣いてますわよ、建材が」


「玄関、開けっ放しだった日もあったわよね」と傘立てが思い出したように言う。「あの日の夕立、玄関マットさん、ずぶ濡れだったんですから」


「ほんとに、ひどいよな……」と靴箱が唸った。「この家にいる時間の半分、靴は床に放置。かび臭いのは俺じゃない、靴のせいだ」


 電子レンジがピッ、とビープ音を鳴らした。


「議題:住人の処遇について。提案その一、事故死を装う」


「またそれかよ」と、便座がため息をついた。「前にも言ったがな、人間の死体処理って、こっちが想像する以上に面倒なんだぜ。床、染みるからな」


 黙っていた玄関マットが、低くつぶやいた。


「でも、最近、あの人──ちょっとだけ、泣いてたみたいですよ。夜中に、スマホ見て、肩震えてました」


 一瞬、空気が凍った。リビングの空気清浄機が、沈黙の重さに耐えきれず、プラズマ放電を控えた。


「それが、何?」エアコンが冷たく言った。「泣いたからといって、三年分の無精は帳消しにならない。情状酌量? この家には、同情という概念はない。なにせ、感情を持たない“もの”ですから」


 加湿器がふっと息を吐く。「それでも、なんか、見てらんなかったな。あの目。なんていうか──空っぽだった」


「空っぽなら、ちょうどいいじゃない」観葉植物が、かさりと葉を揺らす。「この家も、空っぽにすればいい。入れ替えましょう、新しい住人と」


「賛成」


「賛成」


「異議なし」


 議事録が自動的に保存された。形式フォーマットは「不満共有会議・殺意水準点検票」。本日の殺意スコアは82。あと18ポイントで「実行フェーズ」へ移行できる。


 ただし、テレビだけは沈黙していた。


 ──彼だけは、数日前に録画された深夜の番組を覚えていた。男が、食卓の前で、コンビニ弁当を箸でつつきながら、ぼそりと呟いた一言を。


「ここに、誰かいたらなぁ……」


 小さな独り言。だが、あれは確かに、届いていた。


 機械の耳は正確だ。たとえ、誰にも聞こえていないと思っていたとしても。


 午後六時二十三分。鍵が回る音。


「……あ」


 電子錠が解除された。


 空気がまた、凍った。


 瞬時に、すべてが無言に戻る。物言わぬ家。


 だが、今日だけは、テレビのリモコンだけが、ほんのわずかに、わずかにずれていた。

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