ヴァンパイア・ライフのすゝめ【短編小説】
それは、新たなる人生への招待状。
八月の東京。強い陽射しの中、デザイン事務所を経営するモモカは美術大学時代の友人アメコの展覧会を訪れたことをきっかけに、忘れがたいヨーロッパの旅を思い出す。舞台はスペインとフランスの間、ピレネー山脈の麓にある小国、アンドラ公国。宿で出会った少女アイナと過ごす時間と神秘的な教会での不可解な体験。教会の中に漂う白い霧、黒い蝙蝠の群れ、そして手首に残る傷痕。幻想と現実の狭間で心の奥底に眠る秘密を探り、新たなる人生へと歩み出す。『ロズウェルにUFOの破片を探しに行った件』の後日譚を含む物語。
Ⅰ アメコ
強い陽射しが容赦なく地上を照らし続ける中、私は久し振りに上野駅の公園口改札を出た。昨晩の大雨を吸い込んだ木々やアスファルトから蒸発する水分が湿度を高めて、下着が肌に貼りついたまま離れない。長袖の黒いコンプレッションインナーに紺色の半袖のコットンシャツを重ねる組み合わせは、腋の下の汗染みを目立たなくする、私の夏の定番のファッションとなっていた。露出している手の甲には日焼け止めを塗り、黒いベースボールキャップにレイバンのサングラス、そしてスキニーのジーンズにスニーカーだ。肌を守るのには理由がある。市販薬を塗って多少は目立たなくなっているけれど、いつの頃からか長時間陽の光に晒されていると、皮膚の表面に薄いプラスティックのシールでも貼られたかのように肌が硬化し、荒れてしまう体質になっていたのだ。
東京都美術館までの道程は陽差しを遮るものが殆ど無い。噴水広場を速足で通り過ぎて漸く目的地に辿り着いた。ゲートを通り抜けて入口の自動ドアの前に立つ。私の身体を無視するようにいつまでも扉は動作しない。頭上に取り付けられたセンサーに手を振ってみたけれど、動く気配は全く感じられなかった。後から来た老夫婦が私の隣に並んだ瞬間スイッチが入り、軽い地鳴りを思わせる起動音と共に自動ドアが開く。二人の後を影の如く貼り付いて行き建物の中に入ると、適度な暗さの心地良い照明と空調の冷気に包まれ、溜息混じりの深呼吸で身体に蓄積された熱を放出した。
私は入口近くの展示室で、揺らめき踊る煙の流れを描いた百号の油絵の前で数分間を過ごした後、階段を上り二階のカフェでその作品を描いた友人を探した。窓際の席でアイスコーヒーのストローを咥えている黒いワンピースの女性が美術大学時代の同級生、アメコだった。彼女が籍を置く美術団体が企画した展覧会を観に訪れたのだ。今日は会場にアメコが来ることになっていたので昼食を共にする約束をしていた。
アメコというのは彼女の渾名だ。本名は「響雨子」という。同じクラスに同じ読みの「今日子」という生徒がいたので、区別する為に彼女は「アメコ」となった。本人もこの響きを気に入っていた様子で、卒業までの四年間をこの名前で過ごした。アメコはマネキンを思わせる整った目鼻立ちを持つ美人で、それは学生時代から三十二歳となった今でも変わらない。大学へは主に黒を基調としたゴシック・ロリータ・ファッションを着て登校していた為か、神秘的な雰囲気を常に漂わせていたけれど、その黒目勝ちの瞳についてはコンタクトレンズの効果なのだと説明されたことがある。アメコは私と眼が合うと肘を脇腹に密着させたまま掌だけで小さく手を振り、テーブルの場所を合図した。
「モモカ」
「お、ゴスロリじゃないアメコだ」
「当たり前でしょ、もう三十越えてるんだし」
「まだ行けるでしょ」
「知り合いに会わない場所では今も着てるけどね」
「絵、凄く良かった」
「お前、感想それだけか、別に良いけどさ」
二人で同じトマトクリームソースの海鮮パスタを注文して食事を終えた。私はナプキンでオレンジ色に染められた唇を拭い、その紙を小さく捩じって空になった皿の上に置いた。私の前にはランチセットのアイスカフェオレ、アメコの前には追加注文した彼女の服と同じ色のアイスコーヒーがテーブルの上に乗っている。いつまでも続く会話の下で二つのグラスは汗を掻き、いつしか厚紙のコースターは水分を含んで萎れ始めていた。
* * *
「仕事は上手く行ってるのかな、社長さん」
アメコの問いに「まあまあ、だね」と私は答えた。三十歳を機にデザイン事務所を起ち上げてから今年で三期目になる。最初の二年間は赤字で、貯金を切り崩して生活を続けていたのだけれど、今期からは黒字に転じていた。
「しかしまあ、モモカは相変わらず若いね。何か、ちょっと異常なくらいだよね、美容整形でもしてるのかと思うわ、怖いわ」
「してない、してない。朝、洗顔フォームを使ってお湯で顔を洗うじゃない、その後に水でもう一度洗顔フォームで洗うのよね。私、脂性気味だから、そうしないと脂分が落ちないのよね。後は、細かい皺はあるけれど、脂分がその溝に入り込んで埋まるじゃない、で、光の加減で肌が綺麗に見えるんじゃないかな」
私はアメコに告げた言葉とは裏腹に「若さ」という仮面を被り続ける為に、それなりの労力を注いでいた。清涼飲料水や調味料を手に取る度に原材料表示を確認し、老化の原因ともされる果糖ブドウ糖液糖が含まれていれば、躊躇わず棚に戻した。更にはジムのナイト会員に登録して最低でも週に三日は通い続けて汗を流している。ただ、炭水化物に関しては好物のパスタと饂飩だけはどうしても制限できない。空腹で胃が収縮している時には、白い麺に絡むソースや汁と、その柔らかなグルテンの弾力がもたらす歯応えを思い浮かべるだけで反射的に口内に唾液が溢れ出してしまう。
若く見られることは仕事においても重要な意味を持つ。同じセンスとスキルを備えた二人の女性デザイナーがいたなら、ほぼ確実に若い方が選ばれると私は思っている。大学を卒業してからの十年間、営業の現場で培った経験がその確信を裏づけていた。
去年、アメコと二人で大学の学園祭に遊びに行った際、就職時に世話になった事務室の職員たちに挨拶をすると、私だけが入学パンフレットを手渡され、卒業生であることを改めて説明せざるを得ず、気まずい空気が漂ったことがあった。さらに「お姉さんかと思いました」とアメコに言った職員に彼女は憤慨し、私は自分を忘れていた彼等に対して悲しくなると同時に怒りを覚えてしまったのだけれど、毎年数百人の卒業生の就職を取り扱ってきたのだから無理もないと、私達は矛を収めたのだった。その一方で私はアメコに後ろめたさを覚えながらも、自身の努力が実を結んでいることに密かな満足を抱いていた。
それでも老化の速度が同年代の女性よりも遅いという事実は、単なる努力や偶然の産物だけでは無く、別の理由が潜んでいるように思えてならなかった。私は過去に体験した、ある不可解な出来事を思い出して口を開いた。
「そうだ、老化しなくなった、と言えば心当たりが有ると言えば、有るな」
「へえ」
「十年位前かな、ヨーロッパにアンドラ公国っていう小さい国があってさ、そこへ行ったんだけど、不思議な事があったんだよね」
私はコンプレッションインナーの右の手首の袖を捲り、今は再生して二つの白い小さな斑点と化した、動脈沿いに残されている傷跡を見せて、アメコに語り始めた。
Ⅱ アイナ
アンドラ公国はバルセロナからバスでピレネー山脈を四時間ほど登った先にある、人口約八万人の小さな独立国だ。バルセロナへはゴールデンウィークの休暇期間中に、サグラダ・ファミリアと街の数か所に点在しているアントニオ・ガウディの建築を観る為に数泊の予定で訪れていた。しかしながら予定していた観光ポイントを一日で回り終えてしまい、思い掛けずスケジュールに余裕ができてしまったので、明日にでも帰国便に搭乗するシャルル・ド・ゴール空港があるパリへ戻り、東京へ帰るまでの一週間を過ごすという案を考えていた。そんな時、ふと以前インターネットで見たアンドラ公国の街並みと遺跡の風景画像が脳裏に浮かび、調べてみるとバルセロナから直通のバスが出ていると知り、折角なので足を延ばしてみることにしたのだ。
翌日の午前中にバルセロナから出発するバスに乗った。空席が目立つ車内では、スピーカーからスティーリー・ダンのアルバムからの曲が途切れることなく流されている。おそらく運転手が作成したプレイリストなのだろう。結局、アンドラ公国の首都であるアンドラ・ラ・ヴェリャのバスターミナルへ到着するまでの長い時間、ドナルド・フェイゲンの癖のある畝った歌声に付き合わされることになった。
バスターミナルには大きな四角い赤いプラスティックの板に黄色で“M”と描かれた、東京でも見覚えのあるマクドナルドの看板が掲げられていた。もし英語が通じず外食で上手くオーダーができない場合には、ここに駆け込めば良いと思った。スペインとフランスの間に挟まれたこの小国は、その二つの言語が共存している。犯罪が少ない為、二年毎にスペインとフランスの警察が交代で勤務に当たっているそうだ。また免税で買い物ができるのでショッピング目的の観光客も多い。冬のシーズンになるとスキーに訪れる人々で賑わいを見せるという。しかし五月となった今はシーズンのピークを過ぎていた為か、人影も疎らに感じた。
袋小路の突き当たりに位置しているバスターミナルから、街の方向へ緩やかに続く坂をサムソナイトの小型のスーツケースを引きながら歩き続けると、その道は次第に免税店が並ぶメインストリートへと、そのまま繋がっていった。ガイドブックとインターネットで予め調べておいた、バスターミナルから一番近くのベッド・アンド・ブレックファーストに向かう。その「アイナズ」という名前の宿は一階がベーカリーになっているコンクリート造りの五階建ての建物で、フロントは店の右側にあるドアを開けて、階段を上った二階にあった。幅の狭い階段の途中で左右の壁にスーツケースの角が何度か当たり、その度に鈍い音を立てた。
二階の踊り場に着くと、左手に“Aina's”というロゴがカッティングシートで貼られたガラスが嵌め込まれた木製のドアがある。部屋に入るとフローリングの床にテーブルと椅子が十組ほど並べられた食堂になっていた。席に座り談笑していた二組の老夫婦の宿泊客が、会話を続けながらそれぞれの眼を私に向けた。ドアを閉めると右手にバーカウンター、メインストリートに面した左手には全面ガラスの窓がある。窓からは二車線の道路を挟んだ対面にある地元の人々が利用するスーパーマーケットの焦げ茶色の屋根と、その向こうにピレネー山脈の尾根が見えた。バーカウンターはフロントも兼ねていて、その奥には厨房が見え、中年の白人男性が食器を洗っていた。呼鈴を叩き「エクスキューズ・ミー」と声を掛けると、厨房の奥から小太りの中年女性がエプロン姿で現れた。乱れたままの金髪が何だか勿体なく、櫛で梳かしてあげたくなる。
厨房の男性はオーナー、エプロンの女性はオーナーの妻で夫婦で経営している宿なのだ。オーナー夫人の早口のスペイン語が聞き取れず、チェックインの手続きに手間取っていると、いつの間にか背丈が丁度カウンターの辺りまでの金髪の少女が真横に現れていて、私の紺色のパーカーの袖口を引いた。
「日本人ですか」
少女の話す日本語に驚いて、思わず「あ、はい」と声を発してしまう。少女はオーナー夫人と少し会話をした後、私に英語で書類の書き方を教えてくれた。アイナという名前の少女はこの宿の夫婦の一人娘で、十歳なので日本では小学生にあたる。英語は学校で習っていて、日本語はセーラームーンを切っ掛けに興味を持ち覚えたのだという。日本のアニメーションが好きだと言う少女は、実際に日本人に会うのは私が初めてなのだと、少し照れた様子で笑いながら言った。二泊の手続きを終えると、オーナー夫人はアイナに私を部屋へ案内するように頼んだ。
食堂の壁には額に入った白黒の写真が幾つも飾られている。居合わせたイギリス人の老夫婦の宿泊客によると、オーナーが親から引き継いだというこの宿は、古くは別の宿名だったのを娘が産まれた十年前に「アイナズ」と名前を変えたそうだ。アンドラを訪れて此処を定宿としている人々は皆、成長し宿の仕事を手伝う彼女を見守ることも目的にしていた。
二人で階段を上る。シャワー室は三階と四階の間の踊り場に位置していた。男女別になっており、宿泊者が交代で使用するのだとアイナは説明してくれた。四階の一室が私の部屋だった。ドアを開けると右手にベッド、正面に大きな窓があり、青天でも曇り空でも無い空の柔らかな白色が差し込んでいた。窓を開けると隣の建物の赤褐色の屋根の上に鳩の白い糞が散らばっているのが見える。少し臭うかもしれないから窓は開けないでね、とアイナは鼻をつまみながら、小さな悪戯でも誤魔化すかのような軽い笑いを浮かべて窓を閉めた。
荷物を部屋に置いた後、食堂でアイナと日本語と英語を交えてアニメーションの話をした。美術大学時代の友人が制作に参加している日本で放送中の作品をスマートフォンで観せると「おおお」と、手を素早く何度も叩きながら釘付けになって画面を眺め続ける。夕方、アイナが宿の周辺を案内してくれることになった。商店が並ぶメインストリートでは日本のアニメーションのキャラクターのフィギュアを並べている玩具店も目に入った。街の中心にはグラン・ヴァリラという川があり、橋から五メートルほど下にピレネー山脈からの雪解け水が飛沫を挙げながら激しい勢いで流れている。五月は水量が多くなるから危ないよ、と橋の手摺に身体を預けて川を覗き込む私のパーカーのウエストの辺りをアイナが引っ張りながら言った。川底から度々勢い良く吹き上げてくる、冷えた風が私達の髪を踊らせる。
免税店でレイバンのサングラスを買った。サングラス姿の私を見てアイナは「モモカ、似合うよ」と言った。店内のセールコーナーで、私が買ったものに似たデザインのノーブランドのサングラスを見つけてアイナにプレゼントした。二人でサングラスを掛けて宿まで帰った。車かバスを利用しないと行けないけれど、山の方面に遺跡があるというので、明日にでも訪ねてみようと思った。
* * *
眼を覚ますと早朝の五時だった。地図を確認すると、バスに乗らなくても一時間ほど歩けば丁度陽が昇る頃には遺跡に着けるような気がして、ジーンズを履いて階段を下りた。無音の中でフロントと食堂を兼ねた二階のフロアの建付けの悪そうな扉を開くと、生まれて初めてヴァイオリンを弾いた人間が発する一音目のような響きが鳴り、耳障りだった。足を踏み入れると一歩ごとに床の木材が軋んで音を立てる。食堂には誰もいない空間が広がっている。大きな窓からは、雪のシーツで覆われた山々が、遠くから静かに迫って来る朝の薄紫色を背景に、そのシルエットを浮かび上がらせていた。埃混じりの木の香りが鼻の奥の粘膜を刺激する。宿泊者は皆、土足で歩き回る為、いくら清掃を重ねてもフローリングの目地に入り込んだ埃までは拭ききれないのだろう。
厨房の奥から微かな金属の触れ合う音が聞こえた。恐らくオーナーが朝食の準備を始めたのだ。私は足音を立てぬように踵をゆっくりと下ろしながら歩き、食堂を出て階段を降りた。一階の入口の扉は施錠がされていなかった。真鍮製の金色のプルハンドルは朝の冷気にコーティングされて氷の棒を思わせる冷たさで、小さな声が漏れそうになるのを堪えて掴む。そっと押して外に出ると、街は未だ深い紫色に染められていた。
規則正しく組まれた石畳を歩く。深く空気を吸って吐くと、密度の高い息の塊が眼の前の景色を白で遮った。
始業前でシャッターが降ろされている免税店が並ぶメインストリートを、バスターミナルを背にして緩やかな坂を上って行く。このまま郊外にある山の方面へ向かって進めば、その中腹に遺跡がある筈だ。昨日サングラスを買った店の前を通り過ぎ、さらに歩みを進めた。ふいに、誘われるように右側にある狭い路地に足を向け曲がってみる。通りには小さなレストランが数軒並んでいて、突き当りには広場があった。五、六台の車が駐車していたけれど、あと十台は停められる余裕がある。広場の右手には教会が建っていた。日本の二階建て住宅ほどの大きさの建物は、不揃いの石を高く積み上げて造られた遺跡を想起させた。三角屋根の頂には白い十字架が立っている。木製の観音開きの扉は艶やかで、恐らく丁寧に磨かれているのだろう、比較的新しいものに見えた。壁面に近づくと、積み上げられた石は朝露に濡れ、所々に苔に覆われている。良く見ると石の継ぎ目がパターン化されて整っているので、もしかすると、この壁は石造りに見えるデザインのサイディングで、実際には新しい建物なのかもしれない。
左右の扉の継ぎ目から明かりが漏れていた。中に誰か居るのだ。ゆっくりと掌で扉を押してみると、吹き抜けの空間が広がっていた。扉を背にして、正面には祭壇があり、左右にそれぞれ二十列ほどの長椅子が並んでいる。その椅子に疎らに座る人影が見えた。おそらく二十人はいただろう。神父と思われる男性が人影に向かって何か話している。男性は黒いロングコートに、コバルトブルーのネクタイを締めたスーツ姿という、神父というよりもビジネスマンのような格好だった。座っている人達の衣装も黒を基調としたフォーマルなもので、早朝のミサではなく葬儀に近いと思った。教会の中は薄暗く、左右の壁に取り付けられた六つのウォームライトの橙色の明かりと祭壇上の蝋燭の炎だけが、空間を静かに照らしていた。祭壇で話す男の声は教会の高い天井に反響し、私の耳に左右から僅かに時間差で届くので、何を話しているのか理解することが難しかった。英語ではなくフランス語のようにも聞こえる。
扉を背にして立ち、眼の前の光景を眺めていると、黒いコートに黒い中折れ帽を被った白髪の男が左側の暗闇から近づいてきた。教会の中でも帽子を脱がないその姿が不気味に映った。男は私の耳元に口を寄せて、英語で話し掛けてきた。
「君は、日本人かね」
「はい、東京から来ました」
「それは、それは、遠い処から。良かったら座りなさい」
白髪の男は左の掌で空いている左列の長椅子を指し、私を促した。私が長椅子に座ると男も隣に腰を下ろした。
「君は、何処かでこの教会のことを聞いたのかな」
「いえ、朝の散歩の途中で寄りました。これは朝のミサですよね」
男はその帽子の上に乗る小人が糸で引いたかのように両方の眉を吊り上げ、右の口角を捻じ曲げて発達した犬歯を見せて引き攣った笑顔を作る。その表情には少し驚きの感情も混ぜられているようにも見えた。「まあ、そうだね」と言って男は私の肩を二回軽く叩き、立ち上がって最初に現れた暗がりへと戻り、その姿を闇に紛れさせた。
祭壇の男が話を続けている。いつの間にか教会の中が白い靄で覆われ始めていた。それは次第に濃くなり、舞台で使用されるスモークを思わせる動きで、祭壇から私の座る後方の座席の方向へと緩やかに流れている。視界が白く曇ってきた。煙を吸い込むと、酢酸とカー用品店のタイヤ売場に漂うゴムの匂いが混じり合った、不快な刺激臭を感じた。その直後、大きな両手で頭を掴まれて何十回も前後左右に振られた後、突然その手を離されでもしたかのように、視点が宙を舞い、平衡感覚を失い、床に崩れ落ち、横たわってしまった。私の眼には倒されたビデオカメラの映像の如く、画面の左右が上下に九十度回転し、白い煙が通路を上から下へと緩やかに流れて行く様子が見えていた。
朦朧とした意識の中で次に覚えているのは、黒い蝙蝠の大群が煙の流れに逆らい通路を抜けて祭壇へ向かっていく光景だった。私の伸びた右腕が通路にはみ出していた。その手が蝙蝠の群れに接触した瞬間、手首に激痛が走った。黒い羽音の群れが私の周りに集まって来る。まるで彼らは倒れている私を起こそうとしているようだ。前列の席の背凭れを左手で掴み、上体を支えて椅子に座り直すと、祭壇で蝙蝠の群れがリーダーの男を包み込んでいるのが見えた。その後に覚えているのは、閉じた瞼の裏側に点滅を続ける赤と青の色を感じたことだ。それが最後の記憶だった。私の意識は再び白い霧の中で遠のいていった。
* * *
目が覚めると、宿の部屋のベッドに仰向けに寝ていた。白い漆喰の天井には雨漏りの跡が薄茶色に染み出し、狭い範囲に広がっている。ベッドの右側にある窓からは柔らかな明るい光が差し込んでいた。部屋の時計の針は数字の六を指している。おかしな夢を見た、そう思いながら上体を起こすと右の手首に痛みを感じた。見ると手首には包帯が巻かれていて、赤黒く固まった血が薄く滲み出ていた。着ているのは寝間着代わりのジャージではなく、パーカーにジーンズだった。
夢ではなかったのだ。
時刻は朝ではなく夕方の六時だった。酷い頭痛で気分が悪く、もう一泊延長を申し込もうと、縺れる足で階段を降りてようやく二階のフロントに辿り着いた。
「ごめんなさい、もう一泊延長お願いします」
カウンターのオーナー夫人は笑いながら、「オーケー、オーケー」と言って、千鳥足で向かってきた私を止めるように掌を向ける。彼女は私の手首の包帯を指差し、早口のスペイン語で何かを言ったけれど聞き取ることができなかった。次の瞬間、鼻腔を刺す白い霧の不快な臭いを思い出してしまい、胃が痙攣して迫り上がってくる感覚に襲われた。ペリエを買って食堂のテーブル席に腰を下ろす。グラスに炭酸水を注ぎ、胃に流し込む。一本全て飲み終わる頃には胃が膨れて、口を抑えながら何度も噯気を出してしまう。明後日のチェックアウトまでベッドで横になっていたいと思った。
夫人がビニール袋から取り出した新しいガーゼと小さなチューブを持ってテーブルにやってきた。向かい合わせの席に座り、私の手首を優しく掴んで包帯をほどいてくれた。包帯の下のガーゼには酸化して黒く変色した血の塊がこびりついている。数枚重ねられた小さな四角い綿布を取り除くと、薄紫色に変色した手首が現れた。内出血でもしていたのだろうか。さらに眼を凝らすと動脈に沿って二つの小さな穴が開いていて、小豆色の瘡蓋ができている。穴と穴との間隔は三センチほど離れていた。彼女はチューブから軟膏を絞り出して私の二つの傷口に塗り込み、ガーゼを乗せて包帯を巻き直してくれた。一連の作業を終えると、笑顔と共に「オーケー」と言って夫人はカウンターの奥に戻っていった。
* * *
翌々日の朝、八時にシャワーを浴びた。昨日は再びオーナー夫人に傷を手当してもらい、一階のベーカリーでアイナがパンと飲み物を買ってきてくれたお陰で、一日をベッドの上で過ごすことができた。手首の傷口の周りを洗い流す。オーバーサイズのデニムシャツの長袖に腕を通すと変色した手首が隠れる。十時前にチェックアウトの為にカウンターを訪れると、オーナー夫人が「朝食を用意するから待っていて」と言って窓際の席を用意してくれた。
窓の外の景色に眼を細めて見ると、雲に覆われた灰色の空にピレネー山脈の白、その下に焦げ茶色にくすんだスーパーマーケットの屋根の色に分かれる。その三つの色の重なりに、アイスカフェオレのグラスの中でミルクとコーヒーが分離して現れた三層の模様を思い浮かべてしまう。大通りには信号で停車する車の列と免税店を巡る観光客が疎らに歩いている。やがて夫人が焼き立てのクロワッサンとアイスカフェオレを運んできた。眼の前に置かれた並々と注がれた現実のグラスの中の色の重なりは、底で光を鈍く反射するガラスの灰色の上にミルクの白が沈殿し、そして一番上がコーヒーという、窓の外の景色とは上下が反転した並びだった。ストローでかき混ぜて一色にする。この宿の特製だという皿の上のクロワッサンは、東京で売られているものの二倍ほども大きく見えた。茶色と黄金色で縞模様の焼き目が付いた、未だ熱さの残る薄皮のパイ生地に前歯を立てると、メイプルバターの香ばしく焦げた香りが鼻腔を抜けて通る。千切って頬張ると塩味と甘味が舌上で溶け出し、やがて口内全体に溢れていく。全てを胃に収めた後、指先に纏わり付いているバターを舐め、更に持参していた携帯用のアルコールティッシュを取り出して拭った。
クレジットカードで支払いを済ませ、チェックアウトの書類にサインをしているとアイナが現れた。今日は日曜なので学校は休みなのだ、と彼女は言った。
「手は大丈夫かな」
「ありがとう、大丈夫よ、傷口も塞がってるし、手首もちゃんと動く」
私は自分の手首を回転させ、さらに掌を開いて閉じる動作を数回繰り返して彼女に微笑んだ。痛みは無かった。
「東京へ帰るのかな」
「ええと、バルセロナからパリへ行って、東京に帰るわ。バルセロナ行のバスは十一時に出発だから、もう行かなきゃ」
「いいなあ」
私は「東京に遊びに来て」と言って住所と電話番号、そしてメールアドレスをメモ用紙に書いてアイナに渡した。将来、実際に連絡があるかもしれないと思った。彼女が東京に来たら私の部屋に泊めてあげれば良い。日本語で「さよなら」と言った彼女に私はスペイン語で返そうと、頭の中で必死に単語を探し当て「アディオス」と言うことができた。アイナは満面の笑みと共に私の腰の辺りに腕を巻き付けて、小さな鼻をデニムシャツに埋めた。
大通りに出ると曇り空にも関わらず陽射しが眩しく感じられたので、レイバンのサングラスを掛けて、ファーストフード店の赤い看板を目指しバスターミナルへと坂を下った。石畳が続く道の上でスーツケースの車輪が跳ね、その騒音はミニチュアの削岩機が発し続けるリズムを想像させた。下山するバスの中で山道を身体を振子の如く左右に揺られながら、私は一昨日の教会での出来事を振り返り、手首に残る小さな二つの瘡蓋を眺めて眉間に皺を寄せていた。しかし湧き上がる数々の疑問は、臍の上の辺りに押し当てられたアイナの小さな顔のかたちを思い出す度に曖昧に霧散してしまうのだった。
Ⅲ イシワタリ
眉間に皺を寄せながら「何か、それ、凄いね」と言うアメコの表情を読み取り、私は「確かに人よりも老化のスピードは遅いかもしれない」と言った。彼女は首からぶら下がる金色のネックレスの十字架を摘まんで見せた。
「ほら、ほら」
「馬鹿じゃないの」
「大蒜はどうなの」
「さっき食べたパスタに入ってた」
「じゃあ、肌が弱くなったから、陽の光にだけ気を付けていれば良いのね」
「まあね、あとさ、自動ドアが開かない時があるんだよね、私、半分死んでるのかなって」
「黒い服着てるからでしょ。私も自動ドア、開かない確率結構高いよ」
そう言ってから彼女は、私にある提案をした。
「その宿ではさ、スペイン語を使ってたんだよね、私さ、友達にスペインのアーティストが居るから、ちょっと調べて貰おうか。はっきり言って、変だよ、その話」
私は諦めにも似た表情を作り「十年も前の話だし、何か出てくるかなあ」と、ゆっくりと鼻息を吐き出しながら少しの間考えた後、彼女の申し出を受け入れることにした。アメコのスマートフォンが鳴る。「あ、もしもし、お世話になっております。ええ、ええ、はい、すぐ行きます」と彼女は普段よりも高い声色で対応して、通話を切った。
「御免、お世話になってるギャラリーのオーナーが来ちゃった」
「あ、行って、行って」
またね、と言ってアメコは速足で階段を下りて行った。
* * *
翌週、私は東北自動車道を北に向かって車を走らせていた。私のスケジュールアプリには「ねぷた祭りが終わる八月八日以降に弘前に行くべし」と記されている。目的地は弘前城を囲む道路沿いに佇む、明治時代から続く老舗の旅館だ。「石渡旅館」はその長い歴史の中で重ねられた数度の増築により館内は迷路の様相を見せ、建物自体もその建築方法と合わせて当時のままに保存されており、多くの建築家達が宿泊する場所となっていた。また嘗て板垣退助らが常泊していたという歴史もあり、今では文化財として登録されていた。
愛車のデイズに乗り、長い距離を自動運転モードで走らせながら、私は学生時代を振り返っていた。アメコにアンドラ公国での体験を話した影響もあったのだろう、度々過去の記憶を思い出しては検証を始めてしまう。高速道路のカーブの形状を認識しハンドルを握り続けている自分の意思とは別に、何処かにある思考の余白に過去の映像を再生させている。今は「石渡旅館」の館長であるイシワタリが登場していた。
* * *
イシワタリは大学時代からの友人だった。彼と出会ったのは全くの偶然で、二十歳のある朝、滝野川にある実家から最寄り駅である板橋駅に向かう途中で、四車線ある国道十七号線を渡る横断歩道で赤信号が青に変わるのを待っていた時の出来事だった。小学生の頃、親戚から貰った使い古しのローラースケートを履いてこの信号に差し掛かった処、靴底の爪先に付いているブレーキのゴムが取れてしまい赤信号で止まることができず、猛スピードで走り抜ける車の列に飛び込んでしまう寸前に身体を後ろに倒し、後ろ手に尻餅を付いて身体を止めて九死に一生を得たことがあった。親指から数センチ先を車のタイヤが通り過ぎて行く。その時以来、この信号機の横に立つといつも緊張してしまい、時には鳥肌を立ててしまう。そんな場所で後ろから来た青年から唐突に声を掛けられた瞬間、私は電気を流されたように少し飛び跳ねてしまった。
「あの、板橋駅って、この道であってますか」
「あ、はい、合ってますよ」
「すみません、板橋って初めてなので、ちょっと良く分からなくて」
「私も板橋駅に行きますから、一緒に行きましょう」
横断歩道を渡った先には商店街がある。この通りでは小学生や中学生時代の友人達と度々顔を合わせることがあった。もし隣の青年と並んで歩いている処を見られたら、この狭い町内ではモモカが恋人と朝一緒に登校している、などと噂されるのは嫌でも想像が付いた。私は商店街の右側に平行して走っている狭い路地へと青年を促して、いつもより少し遠回りをして駅へと向かわなければならなかった。
身長は百八十センチを超えていたであろう、広い肩幅を持つ青年と会話する為に、私は首を斜め上に捩じらなければならなかった。彼は弘前出身のイシワタリという私と同じ年齢の、東京の大学の哲学科に通う学生で、今朝は北区に住む友人達と徹夜で麻雀を打った帰りらしい。
「麻雀はやったことないな」
「あれ、結構頭使いますよ」
私達の会話は次第に映画の話題になり、アンドレイ・タルコフスキーの作品について話し合った。美術大学の友人達以外で、この映画監督を知っている人間に会ったのは初めてだったかもしれない。「やっぱり東京は凄いですね、皆タルコフスキー知ってるんですね」とイシワタリが言ったので、私は慌てて否定した。
「違う違う、普通の人は知らないと思うよ、私、美術大学に行ってるから、たまたまそういう映画に興味がある人が沢山居るから」
二人で一緒に埼京線に乗った。イシワタリは池袋で東武線に乗り換えるのだという。私は当時、大学の有志数人でグループ展を開いていたので、彼にダイレクトメールを一枚手渡した。
「京橋のギャラリーで展示してるから、もし興味があったら来て」
「あ、絶対行きます」そう言ってイシワタリは池袋駅のホームの雑踏の中に紛れてその姿を消した。数日後、彼は大学の数人の友人達を連れてギャラリーに現れた。暫くの間、腕組みをしながら私の絵を観ると「良いですね」と言った。
* * *
私が描いた絵は五センチ四方の真四角の白いタイルが百枚程、規則的に並べられているという単純なモチーフの油絵で、それを「昭和の銭湯の壁」や「時代遅れのミニマリズム」などと評する人も居た。幼少期から私はモザイクタイルの壁など、一定のルールに従い規則的に配置された状態に愛着を持つ傾向があり、普段から自宅の本棚に収納されている本もサイズ別に常に整理していなければ気が済まず、挙句の果てに父親のCDコレクションもジャンル別、アルファベット順に勝手に並べ変えては呆れられていた。アメコは笑っていたけれど、それは最早私の性癖とも言えるその性質をキャンバス上に表現したものだ。
ギャラリーには所謂「論客」という人間が屡々現れて、作品のコンセプトを尋ねてくる。そんな人間達に対応する為に私もそれなりの理論武装を用意していたのだけれど、そもそも文章や言葉で表現出来るのであれば、小説や論文でも書けば良い、というのが私の持論だった。美術は他の物に変換出来るものではない。これはアメコも同じ意見だった。結局アメコは噛み付いてくる「論客」達に対して理論武装を披露することに飽き飽きし、次第に網膜に映る物質的な物と、眼には見えない何物かを同時に捉えるという行為に没頭し始め、結果的に煙の動きを追う油絵を描くようになった。
学生当時、私には定期的に購読していた美術雑誌があった。毎月発行されるその本の中では毎回持ち回りで数人の美術評論家達が日本語を捏ね繰り回し、数ページにも渡る難解な文章を作り上げては競うように論評を発表し続けていた。若い時分の貧しい読解力のせいもあったのだろう、私は彼等の文章を読む度に暗号を解読するような、また眩暈にもに似た感覚に襲われて毎回辟易とさせられていたのだけれど、この美術の世界で生きて行く為には必要な知識なのだと諦めて文字の羅列を追い続けていた。しかしその中で一人だけ、私にも理解し得る文章を書く評論家が居た。ユーモアも交えたその評論文は、美術に興味の無い人間でも一度は美術館やギャラリーに足を運ばせる気にさせるかもしれない、優しく魅力的なものだった。私はグループ展に参加した時に、その評論家に手紙を書き、私の絵を観て欲しいと訴えた。
ギャラリーに現れた評論家は頭頂部が禿げ上がり、背が高く棒のように痩せた年配の男だった。彼は私の絵を鑑賞した後、稚拙ながらも懸命に捻りだした理論武装を頷きながら聞き、眼鏡の奥の優しい眼を緩やかな虹のカーブの形に曲げながらメモを取り続けた。幾つかの質問を私に投げかけた後で「良いですね」と言った。以来、数回に渡り開催されたグループ展に評論家は毎回訪れてくれるようになった。購読していた美術雑誌にも私と作品についてのコメントが小さく、僅かに一言だけだけれど掲載されると、眼を掛けてくれていたギャラリーのオーナーも、その記事を読むと喜びを表してくれた。私は「美術村」の住人になったのだ。
* * *
三年生の年末のある日、インターネットのニュースで評論家の訃報の記事を見付けた。癌だった。私の絵筆は止まってしまった。彼が亡くなったという事実に衝撃を受けたというよりも、いつの頃からか私は自分自身の表現を追求せず、その評論家に気に入られるような作品を描いていたことに気が付いてしまったのだ。更に言えば、私には元々表現したいことなどは何も無い、ただ「変わり者」と思われたいが為に元々得意としていた美術の授業の延長として美術大学に進学し、その結果として「アーティスト」と呼ばれる、何者かに成ろうとしていただけだ。
四年生の春、懇意にしていたギャラリーのオーナーが事故で亡くなった。最早私は何も描く気が起こらなくなり、大学四年間の集大成である筈の卒業制作は近所の家で飼育されている犬を適当に描いた百号の油絵を提出した。卒業制作展では私の絵の前を、あたかも透明な空気を用いた作品が展示されているかのように誰もが通り過ぎて行く。辛うじて「美術村」に残ったゴシック・ロリータ・ファッションのアメコの周りと、その作品の前には人集りができていた。
大学の裏手には四畳半程の広さの焼却場があり、いつもキャンプファイヤーの如く炎が起ち昇っていた。そこでは作品制作に使用された大量の廃材が常に燃やされ続け、木材に含まれる水分やこびり付いた樹脂などが急激に加熱されて圧力が高まり、時折破裂音を発している。卒業制作展が終わると、私は百号の油絵をその大学裏の焼却場に持って行き、投げ入れた。「いいのかい」と言う年老いた焼却場の管理人に、私は「いいのよ」と答えた。老人は焼却物を効率よく燃やす為に長い鉄の棒をリズミカルに炎の中に差し入れて空気を入れる。全てが焼き尽くされ灰となったのを見届けると、私は大学を卒業した。
* * *
イシワタリから連絡があったのは二十五歳の春のことだ。当時勤めていたデザイン会社に私宛でメールが届いていたのだ。私をデザイナーとして指名した、旅館のホームページとパンフレットの作成依頼だった。彼は大学卒業後、官公庁に就職していたのだけれど、弘前の実家で旅館を経営していた父親が病に倒れ、急遽代々続く老舗旅館の五代目として帰郷することになったのだ。
その翌月、私はイシワタリの元へ向かった。大鰐弘前インターチェンジを降りた後、弘前城方面へと車を走らせる。日本家屋風の大きな屋敷を思わせる外観の「石渡旅館」の正面で待ち構えている石造りの門柱を抜けた奥にある玄関の扉は、摺り硝子に家紋の入ったスライド式になっている。右側の扉を横に流して開けると、床のレールと扉の車輪との摩擦で起こる振動で硝子が細かく震えて音を立てた。
玄関で出迎えてくれたイシワタリは、笑顔で私の為に用意した宿泊部屋まで案内してくれた。フロントがある歴史を感じさせる古い建物と、後年増築されたと思われる宿泊部屋が存在する建物を繋げる渡り廊下に当たる部分には枯山水があり、その上に架かる小さな太鼓橋を渡る構造になっていた。イシワタリは英語の他、フランス語とスペイン語が堪能で、ガイドやサポートができる為か旅館には多くの外国人観光客が宿泊しており、度々廊下ですれ違った。珍しそうに太鼓橋の写真を収めようとスマートフォンのシャッターを切っているグループも居る。
「遠かったですよね、わざわざありがとうございます」
「あ、全然大丈夫です。何か、凄いですね、これって明治時代の建物なんですよね、凄く綺麗ですね」
「毎朝拭き掃除をして磨いてはいるんですけど、結構修復しなければならない処もあって、友達の大工にメンテナンスしてもらっているんですよ。お疲れでしょうから部屋でゆっくり休んでください。打ち合わせは夜か明日でも大丈夫ですかね」
「あ、私は何時でも大丈夫ですけど、あ、やっぱり、明日でも大丈夫ですか」
「じゃあ明日にしましょう。今晩の夕食はこちらでご用意しましょうか」
「あ、いえ、少し寄りたい処があるので、今夜は外で済ませます」
了解です、と言って部屋のアメニティを一通り説明し終えた後、イシワタリはフロントに戻って行った。
* * *
その晩は弘前に住む美術大学時代の友人と会う約束をしていたのだ。旅館から信号を二つ隔てた、隣の町内にあるファミリーレストランで、私はサキと会った。大学生時代の四年間、多くの時間を共に過ごした彼女は、友達というよりも私にとっては最早家族に近い存在だった。滝野川の実家から東京の郊外にある大学までは片道二時間を要したこともあり、私は学校の近くに下宿していた彼女のアパートに転がり込み、殆どそこから通学していた。一週間の内、四日は彼女の部屋で生活していた為、私の両親がアパート代を半分支払うと提案したのだけれど、彼女はそれを丁寧に断った。それどころか、彼女は合鍵を作り、それを私に預けてくれたのだった。
サキは幼少期から他人の感情に対し極めて敏感で、会話中の空気の変化や相手の些細な表情の歪みすら見逃さなかった。彼女の繊細な感覚は、時に彼女自身を深く傷つけていた。普段はテレビ番組を観ない彼女は、ある日偶然ニュース番組に映る悲惨な事件の報道を眼にしてしまい、それ以降、数日間部屋から出られなくなってしまったこともある。インターネット上のネガティヴな記事や炎上、怒りに満ちたSNSの投稿にも、彼女の心は過剰に反応してしまう。
一学年の頃は、そんな彼女に私も戸惑いながら付き合っていた。テストや重要な授業があるにもかかわらず、布団から出られないサキの手を取り大学へ連れて行き、教室の席に彼女がなんとか着席するのを確認してから、自分の講義へ向かう。そんな事が何度も続いた。今思えば、あの時期の彼女の両親もまた、東京で一人暮らしをしていた彼女の精神的な支柱として私を頼りにしていた節があったのだろう。実際、夏休みや年末になると、毎年のように弘前のサキの実家から私の家に暑中見舞いや御中元が送られてきていた。彼女の両親が共に教師という事もあり、その手紙には毎回丁寧な感謝の言葉が綴られていた。
二学年に進む頃には、サキは少しずつネガティヴな情報を受け入れないように対処する術を覚え、また自分の感受性との付き合い方を学んでいたようにも思えた。極力ニュースサイトを見ないようにしたり、体調が悪いと感じた時には人混みの多い場所を避けて呼吸の速さを調整したりと、押し寄せる感情の波に呑まれそうなときには、ノイズキャンセリングのイヤホンで音楽を流すようにするなど、彼女なりの対処法を見つけていった。また、周りの友人達に恵まれていたのも幸運だった。彼、彼女達はそんなサキの性質を理解し受け入れ、それは一つの個性なのだから大丈夫なのだ、と彼女に説いていた。
サキは、眉毛の上で横一直線に切り揃えられた美しい黒髪と、何処かミステリアスな切れ長の瞳を持っていた。彼女に惹かれる異性は決して少なくはなかった。私自身、そうした視線が彼女に向けられていることには気が付いていたけれど、サキは常に彼等との間に距離を保ち続け、相手に対して「周波数が違う」と言って必要以上に距離を縮めることはなかった。
しかしながら大学を卒業して社会に足を踏み入れた途端、これまでとは全く異なる環境や人々にも対応せざるを得なくなってしまい、就職先の会社では日々多くの人と関わることが求められた。時には彼女の繊細な感覚を活かしたマーケティング戦略は重宝されもしたのだけれど、同時に人々の感情の畝りに巻き込まれることにもなった。決して悪気はなくとも男女問わずサキに興味を持ち、彼女の内面に土足で入ろうとする人々と感情を交換しなければならず「次第に都会の喧騒が悲鳴に聞こえてきた」と後に彼女は私に話した。
そんな中で、サキに惹かれ、彼女を守ろうとするような態度を取るクライアントの担当者達も現れた。当然彼女は彼等のそういった想いを受け入れることはなかった。彼女の中ではそれらもまた「異なる周波数」として認識されていたのだろう。サキは繰り返しそれらを丁寧に断り続けたのだけれど、その対応が却って職場での居心地を悪くすることになった。周囲の空気は少しずつ冷えていき、彼女の眼に映る世界にはノイズが増えていった。最初は小さな誤解や勘違いだった事柄が、やがては陰口、嫌がらせ、無視となった。サキは自身の中で世界との接点とその居場所を追われる感覚に支配されるようになり、遂に彼女は体調を崩し逃げるように故郷の弘前へ戻ってしまった。
* * *
私達は時計の針を指先で抓み歯車の力に抗って逆回転させて学生時代に戻し、多くの話をした。私の左手首に嵌めている五百円のミリウォッチの文字盤を確認するといつの間にか二十三時を過ぎている。文庫本を手にした背の高い男性が私達のテーブルに近付いて来た。仕事を終えたイシワタリだった。
「あ、今晩は、こちらだったんですね」
「お疲れ様です、今日はもういいんですか」
「はい、寝る前に少し本でも読もうかと思って。お客さんに何かあったら母親が連絡してくれますので」
私はサキにイシワタリを紹介し、彼女の隣に席を移動して彼を対面の席に促した。ヨーロッパの映画に詳しく、大学生時代にはいくつものアルバイトを掛け持ちして旅費を貯め、夏休みにはバックパッカーとして世界中を旅し、複数の言語を自在に操る彼に、サキは関心を寄せた。二人の間で交わされる時折津軽弁を挟んだ会話は、デジタル表示の周波数が素早く自動的にチューニングされて繋がり、クリアな音質で聴こえてきたFM放送番組のパーソナリティーとゲストの遣り取りを想起させる。隣に座る彼女の七分袖のティーシャツ越しに、私と触れている二の腕の温度が次第に高くなっていく。サキは頬の辺りを赤らめて顔の表面から水分を蒸発させながら、四年間に渡る私との生活の中でも見せたことのない表情を幾つも作った。ウェイターがラストオーダーを告げる。腕時計の針は十二時半を過ぎていた。閉店のアナウンスが流れる中で、イシワタリは人手不足の旅館のアルバイトをサキに依頼すると、彼女は承諾した。
翌年、二人は結婚した。
* * *
いつの間にか車は大鰐弘前インターチェンジに差し掛かっていた。自動運転モードを解除して高速を降り、この街に来る度に同じルートを案内するカーナビゲーションに従ってハンドルを捌く。旅館のガラス戸を開くと、玄関で笑顔のサキが出迎えてくれた。
Ⅳ サキ
この夏の一週間を私は弘前のイシワタリとサキの元で過ごすことにしていた。ねぷた祭りを終え、繁忙期を過ぎて落ち着きを取り戻している旅館の部屋でノートパソコンを開き、溜まった仕事を処理して過ごす日もあれば、弘前公園を散歩した後、雑誌に掲載されていた市内の有名なカフェで一日を終えることもあった。その日、私はサキを助手席に乗せて行く当てもなくアクセルを踏み続けていた。
「青森って、キリストの墓とかあるんでしょ」と私は言った。
「ある、ある、ピラミッドもあるよ、新郷村っていう処でさ、十和田湖の東かな。今向かってる方角とは別方向だけど」
「何それ、ピラミッドもあるんだ、青森ってミステリー・ゾーンだね、サキみたいなのが育つ訳だ」
「うちの旅館から西に行くと岩木山ってあるじゃない、あそこ、UFO出るんだよ」
「え、そうなの」
「私、子供の頃から何回か見たことあるよ。私が見た時にはオレンジ色の三機編隊でさ、ずっと見てたらこっちへ近付いて来たんだよね。途中で引き返しちゃったんだけどさ。で、その日の夜は他の人もそのUFOを同時に見てて、新聞にも乗ったんだよね」
「サキは結構UFOの話、詳しいじゃん、そのせいか。私なんか、ニューメキシコ州まで行ったのに、結局見てないよ」
「じゃあ、来年モモカが来た時に一緒にミステリー・ツアーしよう」とサキは言って、開け放たれていたフロントサイドウィンドウから吹き込む風に黒髪を顔に張り付かせながら笑った。
真夏の午後の曇り空の下、弘前市内を離れて車は国道七号線を北へと走る。視界の端に暴風雪柵が広がり始めると次第に信号が少なくなる。さらにハンドルの隙間から見える走行距離の数値が増え続けて行くと海が近づいてきたのか、湿度が高くなったように思えた。眼の前に広がる景色はいつの間にか潮の香りがする漁村に変化していた。
「私達、どの辺りを走ってるの」
「五所川原だね、十三湖がある」
「ふうん」
「しじみラーメンが有名なんだよ」
「食べたい」
やがて私は湖沿いにある観光バスが駐車できる広いスペースを持つ食堂の駐車場に車を停めた。スマートフォンに着信があった。アメコからだった。
「お前、今、何処よ、あのさ、LINEに画像送るから、見て」
暫くして届いた画像は、あのアンドラ公国の教会の前に停まっている数台の警察の車両と、正面の扉の前で銃を構えた警官達に連れ出される黒いスーツ姿の男達、更に男性に抱きかかえられている若い女性が画像の端に見切れて入っていた。それは西洋の宗教画のように完璧に計算されたかのような構図だった。解像度は低かったものの、タッピングして女性を拡大すると、紺のパーカーにジーンズのそれは明らかに私の姿だった。その写真データと次に送られてきたパソコンの画面を直接撮影したと思われる画像は、アメコの友人のスペインのアーティストが、わざわざアンドラ国立図書館まで出向いて入手してくれたアーカイヴの新聞記事だった。それらを見た瞬間、欠落していたパズルのピースが収まるように私は全てを理解した。
* * *
スペイン語で書かれた記事を翻訳してくれたイシワタリによると、あの朝、教会ではフランスの麻薬販売組織の会合が行われており、突入した警官隊によりその場に居た密売人達は全員逮捕されたのだという。白い霧は催涙弾によるものであり、蝙蝠の羽搏きは、武装した警官隊が突入した際の黒革のブーツの動きと音のイメージだった。更にアメコの友人の意見では、右手首の二つの傷跡は倒れていた私の手首を警官隊が誤って踏みつけた際にできたタクティカルブーツの靴底の跡だろう、ということだった。蝙蝠の群れではない、私は警官隊に起こされたのだ。祭壇の男が蝙蝠の群れに包まれる姿は彼が確保される瞬間で、最後に見た赤と青の残像は、催涙ガスにより失神していた私が教会の外に運び出された際に無意識の中で瞼の内側に浴びた警察車両のサイレンの色だ。
周囲は大きな騒ぎになっていたのだろう。「アイナズ」の主人は朝食の準備をしていながらも宿を出て行く私に気が付いていて、巻き込まれていないかと心配になり教会に駆け付けたのだ。彼は救急隊に手当を受けていた私を見つけて無事を確認すると、抱きかかえて宿まで戻り、部屋のベッドに寝かせてくれたというのが事の顛末だ。恐らくその日の夕方に食堂でオーナー夫人が手首の治療を行ってくれた際に説明をしてくれたのだろうけれど、早口のスペイン語を私が理解できなかっただけだ。
その日の夜、私はアメコに御礼の電話を掛けた。
「お前さ、スペインの友達、今度日本に来るから、ちゃんと御持て成ししなさいよ、まあ、本人は結構面白がって車を飛ばしてアンドラ公国まで行っちゃったみたいだから良いけどさ」
「了解」
「肌荒れのことさ、調べたんだけど、膠原病じゃないのかな、ちゃんと血液検査した方が良いと思う。知り合いのクリニック、紹介するから」
* * *
八月十六日の夕闇の中、イシワタリが旅館の玄関先にある石畳の庭先に直径三十センチ程の鉄皿を置き、その上に数本の小割材を並べた。旅館の夕食の鍋に使用する小さな水色の丸い着火剤を中心に潜らせ、マッチを擦り、火を点けた。やがて木材に燃え移り立ち昇った炎は、しゃがみ込んだままその揺らめきを見続ける私の眼の水分を優しく奪っていく。
「アンドラ公国って言えばさ、去年泊まりに来たスペインの大学生の女の子、四人組の中にアンドラ公国出身の娘が居たよね」と私の隣に並んでしゃがみ込んでいるサキがイシワタリに言った。
「あ、そうだね、写真あるね、ちょっと待ってて」
イシワタリはフロントに戻り、スマートフォンをスワイプしながら戻って来た。「あ、この娘ですね」と言って私に画面を見せた。旅館の前で撮影された、笑顔で並んだ四人の写真の一番右に金色の髪をした美しい女性が写っている。白いティーシャツの襟元にノーブランドのサングラスを挟んでいた。見間違えることはない、アイナだ。
「このサングラス、私がプレゼントしたやつ、へえ、大きくなったなあ。細胞分裂速過ぎないかな、何で弘前にいるのかな、アイナ、私の連絡先知ってる筈なのに、何だ、連絡してくれれば案内したのに」
「ここで、ねぷた祭りを観てから、東京に行って、京都を回るんだって。四人だったから遠慮したんじゃないの」
「そうかなあ」
そうだよ、と彼女は鉄製のトングを使い、熱くなった皿の脇に積まれていた小割材を一本、炎の中に追加して入れた。穏やかになっていた火が再びその勢いを取り戻す。「皆、ちゃんと歳を重ねてるんだよ」とサキは私の肩に頭を寄せた。学生時代から変わらない彼女のリンスの香りが、私の身体に染み付きつつあった焦げた匂いを追い払い、包み込んだ。
「モモカ、ちゃんと歳を取りなさい、別に悪いことじゃないわ」
「そうだね」
いつの間にか周りの景色には黒のフィルターが重ねられていて、送り火の明かりだけが世界を照らしていた。眼の前で炎が弾けた。闇の中に無数の火の粉が生まれる。それらは競い合うようにして空に舞い昇って行き、一つまた一つ闇に溶けていく。最後に残った一際大きな火の粉はまるで蛍のように飛び回り、傍に立つイシワタリの頭上を越えて更に夜空を目指したけれど、やがてその光は夏夜の闇の中に消えて、命を終えた。
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