アンザック・デーの生卵とハンバーガー
今日は「アンザック・デー」、祝日だ。
この日は、第一次世界大戦のガリポリの戦いで命を落としたオーストラリアとニュージーランド軍兵士、そして国のために尽力した人々を追悼する日である。
毎年4月25日には、日の出と共にオーストラリア各地で礼拝のための式典やパレードが行われ、街へ出ると数々の勲章が胸元に輝く軍服姿の退役軍人の方々を多く見かける。こんな小童が言っていいか分からないけど、かっこいい。
今の平和なオーストラリアがあるのは、当時、国のために戦ってくれた兵士たちがいたからなのだ。国籍は違えど、感謝と敬意を払い追悼を行う。式典が終われば、バーやパブには身動きが取れないほど人が集まるのは毎年のこと。スポーツ観戦をしながらビールを飲むのだ。さすが、オーストラリアだ。好きだ。
「式典=飲み会」という図式は、とても沖縄と似ている。シーミー(清明祭)と呼ばれる先祖の墓参りでは、墓の前で食べ、飲む。しんみりするでもなく、シリアスな話もない。ただ派手に飲む。「今」を生き、先祖たちに「ありがとう」と感謝を送る。
アホみたいになってビールが飲めるのも、平和だからできることなのだ。次世代のためにも守っていかなければいけない。というのは口実で、ただ飲みたいだけかもしれない。
私にとって、初めてのアンザック・デーは衝撃だった。なぜなら、「日本人であるあなたはアンザック・デーには街に出ないほうがいいかもね」と言われたからである。
平穏ではない。
「日本人は生卵投げつけられるから気をつけてね」
ますます平穏ではない。
と、言うのも、第二次世界大戦時、ダーウィン空襲などオーストラリア本土に爆撃を行った唯一の国が「日本」なのだ。オーストラリアに来て初めて知った歴史の一部。親日家の多いオーストラリアだが、日本人を恨んでいるオーストラリア人もいたのだ。衝撃である。
せめて、茹で卵なら後から食べられるのに…と思った私のバカバカ。
とはいえ、それも過去の話。現在では、もう誰もそんなことは言わなくなった。平和だ。私は過去のアンザック・デーに、仕事帰り家路に就いていると、生卵ではなくハンバーガーを投げられたことがある。「ショック」よりも先に「映画でたまに観るやつっぽい!」と少し感動にも近い感情だった。「ショック」という感情が生まれたのは、このとき着ていたTシャツにケチャップがドバっと付いたのを見て後だった。
せめて、包みのまま投げてくれていたら夕飯になったのに…とは思った。
オーストラリア人=差別主義者では決してない。私の周りにいるオーストラリア人は優しいし、フレンドリーだし、お節介なほど困っていると助けてくれる。たまたまハンバーガーを投げたかった人が、私のそばを車でビューンと通り過ぎて行っただけにすぎないのだ。
ただそれだけのこと。そんな一部の出来事よりも、私はこの国の人々が持つ温かさを知っている。友人・家族と平和を祝ってビールを酌み交わす陽気な姿を知っている。
「やっぱり私は、この国が大好きだ」と、再認識できるのが私にとってのアンザック・デーなのだ。
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