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『勇者学院の落ちこぼれ、死んだ英雄たちにだけ教えてもらえる』〜最弱の俺の先生は、歴代最強の勇者百人でした〜

第1部 英雄墓廟編

第4話 最弱、初めて勝つ

サブタイトル

勝てと言われたら勝てない。だから先生は、「十秒だけ生き残れ」と言った。

神谷悠真は、その日の朝、自分が人生で初めて勝つことになるとは思っていなかった。

というより。

「無理だろ」

対戦表を見た瞬間、そう思った。

王立アストリア勇者学院。

中央訓練場。

巨大な掲示板の前には、朝から大勢の生徒が集まっている。

今日行われるのは、一年生最初の学院模擬戦。

そして。

掲示板には、はっきりと書かれていた。

《第一試合》

《ディラン・ローゼンベルク》

《神谷悠真》

「終わった」

悠真は静かに呟いた。

その横で。

半透明の大男が豪快に笑った。

『はっはっは! よかったじゃねえか!』

剣聖ガルディオ。

悠真にしか見えない、死んだ英雄の一人。

「どこがだよ」

『相手が強い』

「だから終わったって言ってんだよ!」

『強い奴と戦ったほうが勉強になる』

「先生側は死なないから気楽だよな!」

『俺はもう死んでる』

「そうだった!」

朝から死人と漫才している場合ではない。

ディラン・ローゼンベルク。

伯爵家の次男。

剣術適性A。

魔力量B。

炎属性。

職業《魔法剣士》。

入学試験でも上位に入った優秀な生徒だ。

対する悠真。

魔力量E。

剣術適性E。

魔法適性なし。

固有スキルなし。

職業。

《無職》。

比較するのが失礼なほど差がある。

もちろん。

失礼なのは悠真のほうだ。

「おい、無職」

聞き覚えのある声がした。

振り向く。

ディランだった。

赤茶色の髪を整え、腰には訓練用の木剣。

その周囲には数人の生徒がいる。

ディランは対戦表を見上げると、鼻で笑った。

「運が悪かったな」

「お互いにな」

「……何?」

「いや。俺と戦っても評価上がらないだろ?」

ディランの眉が動いた。

「負け惜しみか?」

「まだ負けてない」

言ってから。

悠真は少しだけ驚いた。

昨日までなら。

そんな言葉は出なかった。

どうせ負ける。

自分には無理だ。

そう思っていたはずだ。

でも。

今は少しだけ違う。

昨日。

ほんの一瞬だけ。

魔力が出た。

その前の日には。

初めて木剣を避けた。

本当に。

一歩ずつ。

一ミリずつ。

それでも。

自分は変わっている。

「ふん」

ディランは悠真の横を通り過ぎる。

「せいぜい怪我をしないようにな」

悠真はその背中を見送った。

そして小さく呟く。

「……それは俺もそう思う」

『弱気だな』

「現実的と言ってくれ」

その時。

「悠真」

聞き慣れ始めた声。

それでも。

名前を呼ばれると。

ほんの少しだけ心臓が跳ねる。

振り返る。

金髪。

青い瞳。

学院制服。

セレスティア・アルヴェイン。

学院首席。

職業《聖剣姫》。

そして。

昨日から。

なぜか自分を「悠真」と呼ぶようになった少女。

「セレス」

「相手、ディランなのね」

「うん」

「大丈夫?」

「たぶん」

「たぶん?」

「三割くらい」

「それは大丈夫とは言わないわ」

「じゃあ二割」

「減ったわよ?」

思わず二人で笑う。

昨日までなら。

こんな会話すらできなかった。

セレスが掲示板を見る。

そして少しだけ表情を曇らせた。

「ディランは強いわ」

「知ってる」

「剣だけなら、今のあなたでは勝てない」

「知ってる」

「魔法を使われたら、もっと勝てない」

「それも知ってる」

セレスが悠真を見る。

「……怖くないの?」

悠真は少し考えた。

「怖いよ」

即答だった。

格好をつける気はなかった。

「めちゃくちゃ怖い」

「なら」

「でも」

悠真は自分の手を見る。

昨日。

そこに生まれた。

蛍より小さな光。

誰にも見えないほど。

弱い魔力。

それでも。

自分にとっては。

初めてだった。

「昨日よりは、少しだけやれる気がする」

セレスは何も言わなかった。

ただ。

ほんの少し。

微笑んだ。

「そう」

そして。

「頑張って」

たった四文字。

なのに。

悠真の胸の奥が妙に熱くなった。

『青春だな』

背後。

ガルディオ。

「うるさい」

「え?」

「人生に言った」

「また人生?」

最近。

この言い訳。

便利すぎる。


1 勝つな

試合開始まで一時間。

悠真は英雄墓廟にいた。

「で」

木剣を持つ。

「何を教えてくれる?」

正面。

剣聖ガルディオ。

腕を組んでいる。

その後ろ。

なぜか百人近い英雄たちがいる。

「また全員いるじゃん」

大魔導師エレノアが肩をすくめる。

『弟子の初試合よ?』

聖女リリア。

『応援です』

暗殺王クロウ。

『死んだ場合の回収』

「縁起でもない!」

竜騎士ヴァルガ。

『龍は使えるか?』

「学院模擬戦で龍を出すな!」

いつも通り。

騒がしい。

でも。

少し。

安心する。

ガルディオが木剣を肩に担いだ。

『悠真』

「ん?」

『勝つな』

「……はい?」

聞き間違えた。

そう思った。

「もう一回」

『勝つな』

「先生」

『何だ』

「俺、これから試合なんだけど」

『知ってる』

「普通は勝ち方を教えるところじゃない?」

『勝てねえからな』

即答。

「そこは嘘でも励ませよ!」

英雄たちが笑う。

ガルディオだけは笑わなかった。

『ディランとかいう坊主。今のお前より何倍も強い』

「うん」

『剣術で勝てない』

「うん」

『魔法でも勝てない』

「うん」

『力でも速さでも経験でも負けてる』

「もういいよ! 心が死ぬ!」

ガルディオが木剣を悠真へ向けた。

『だから勝とうとするな』

悠真は黙った。

『十秒』

「え?」

『十秒だけ生き残れ』

「十秒?」

『そうだ』

ガルディオの顔から。

いつもの豪快な笑みが消える。

そこにいるのは。

かつて無数の戦場を生き抜いた。

剣聖。

『戦いってのはな』

低い声。

『強い奴が勝つんじゃねえ』

一歩。

近づく。

『最後まで立ってた奴が勝つ』

悠真の胸が。

少しだけ。

鳴った。

『お前には必殺技もねえ』

『魔法もねえ』

『馬鹿みてえな才能もねえ』

「最後の一言必要?」

『だが』

ガルディオは笑った。

『逃げる足がある』

背後。

クロウ。

静かに頷く。

『良い』

「暗殺王が喜んだ!」

『避けろ』

ガルディオ。

『逃げろ』

クロウ。

『見なさい』

エレノア。

『怪我をしたら治します』

リリア。

「それ試合中無理だろ」

ガルディオが木剣を構える。

『十秒だ』

「……分かった」

『十秒生き残ったら?』

悠真は聞く。

ガルディオ。

口角。

上げる。

『次の十秒を生きろ』

「地味!」

『それを繰り返せ』

「もっと格好いい必殺技ないの!?」

『ねえ』

「即答!?」

ガルディオの木剣が。

消えた。

「え」

次の瞬間。

悠真は床を転がっていた。

「痛っ!」

『一本』

「今の練習!?」

『あと五十九分ある』

悠真の顔が引きつる。

「まさか」

『死なない程度に殴る』

「その言葉信用できない!」

五十九分後。

悠真は。

ぼろぼろになっていた。


2 最弱の戦い方

中央訓練場。

観客席には。

多くの生徒が集まっていた。

「第一試合!」

教官の声が響く。

「ディラン・ローゼンベルク!」

歓声。

「神谷悠真!」

笑い。

温度差。

ひどい。

悠真は訓練場へ出る。

向かい。

ディラン。

「逃げなかったことだけは褒めてやる」

「逃げるよ」

「何?」

「今日はいっぱい逃げる予定」

ディランの顔が。

露骨に呆れる。

観客席からも笑い声。

「最初から逃げる宣言かよ!」

「さすが無職!」

「戦えよ!」

悠真。

木剣。

握る。

手。

震えている。

怖い。

当たり前だ。

相手は強い。

自分は弱い。

それは。

何も変わっていない。

『悠真』

ガルディオ。

訓練場の端。

誰にも見えない場所に立っている。

『勝つな』

悠真。

小さく。

息を吐く。

「……十秒」

教官。

手を上げる。

「始め!」

ディラン。

消えた。

速い。

昨日のバルトとは。

比べものにならない。

正面。

木剣。

「っ!」

悠真。

身体を横へ。

振る。

ぶおっ!

風。

頬。

かすめる。

一秒。

ディラン。

踏み込む。

二撃目。

悠真。

後ろ。

跳ぶ。

避けきれない。

肩。

当たる。

「ぐっ!」

三秒。

痛い。

でも。

立っている。

ディラン。

「ちょこまかと!」

四秒。

横薙ぎ。

悠真。

しゃがむ。

五秒。

「逃げるな!」

「逃げろって教わったんだよ!」

六秒。

突き。

身体。

ひねる。

制服。

裂ける。

七秒。

八秒。

九秒。

ディラン。

大きく。

踏み込む。

木剣。

振り下ろす。

悠真。

転がる。

泥。

顔。

つく。

観客席。

爆笑。

「ぶはっ!」

「格好悪!」

「何だあれ!」

悠真は。

地面に手をつき。

起き上がる。

『十秒』

ガルディオの声。

悠真。

笑った。

「生きた」

ディラン。

眉。

動く。

「何?」

「いや」

木剣。

構える。

「次の十秒」


3 逃げることは、負けることじゃない

二十秒。

三十秒。

四十秒。

悠真は。

一度も攻撃していなかった。

避ける。

逃げる。

転がる。

時には。

木剣で受ける。

腕が痺れる。

肩が痛い。

息が切れる。

格好悪い。

でも。

倒れない。

「くそっ!」

ディランの表情が変わり始めた。

「なぜ当たらない!」

悠真は答えない。

正確には。

答える余裕がない。

必死。

ただ。

必死。

『右』

ガルディオ。

悠真。

右へ。

『違う! 相手の右だ!』

「紛らわしい!」

木剣。

頭。

直撃。

「痛ってえ!」

観客。

笑う。

『悪い』

「謝るならもっと申し訳なさそうにしろ!」

ディラン。

一瞬。

動き。

止まる。

「誰と喋ってる?」

「人生!」

「試合中に人生と会話するな!」

「俺もそう思う!」

観客席。

さっきとは違う笑い。

セレスも。

思わず。

口元を押さえていた。

「何なのよ……」

でも。

その青い瞳は。

笑っていなかった。

悠真の足。

見る。

木剣。

見る。

視線。

見る。

「……違う」

隣の生徒。

「何が?」

セレス。

小さく呟く。

「逃げてるんじゃない」

悠真は。

見ている。

ディランの肩。

腰。

足。

剣先。

呼吸。

攻撃する直前。

どこが動くのか。

ガルディオから。

何度も。

何度も。

殴られながら。

教えられた。

《見切り》。

まだ。

技と呼べるほどではない。

でも。

悠真は。

少しずつ。

相手を見始めていた。

「学んでる……」

セレスの胸が。

高鳴る。

戦いながら。

悠真は。

強くなっている。


4 天才が最初に気づいた

一分。

ディランの呼吸が荒くなった。

「はぁ……はぁ……」

悠真。

もっと荒い。

「ぜぇ……ぜぇ……」

どちらも。

限界に近い。

ただし。

違いが一つ。

ディランは。

勝つために攻撃し続けた。

悠真は。

生き残るためだけに動いた。

ディラン。

苛立っている。

観客。

自分を見ている。

格下。

《無職》。

それを。

倒せない。

「ふざけるな!」

ディランの木剣に。

赤い光。

炎属性。

教官。

眉。

動く。

使用可能範囲。

ぎりぎり。

「これで終わりだ!」

ディラン。

踏み込む。

セレス。

立ち上がる。

「悠真!」

炎をまとった木剣。

速い。

避けられない。

ガルディオ。

何も言わない。

クロウ。

何も。

エレノア。

リリア。

英雄たち。

全員。

黙っている。

悠真。

見る。

ディラン。

肩。

力。

入る。

右足。

踏み込む。

腰。

回る。

剣。

来る。

昨日までなら。

見えなかった。

でも。

今は。

見える。

ほんの少しだけ。

「ここだ」

悠真。

前へ出た。

観客席。

息。

止まる。

逃げ続けていた悠真が。

初めて。

前へ。

ディラン。

驚く。

「なっ」

近すぎる。

剣。

最大威力になる前。

懐。

悠真。

身体。

沈める。

木剣。

握る。

ガルディオの声が。

脳裏。

響く。

『勝とうとするな』

勝つんじゃない。

生き残る。

そのために。

邪魔なものを。

どかす。

悠真の木剣。

ディランの手首。

叩く。

「っ!」

木剣。

落ちる。

炎。

消える。

静寂。

悠真。

自分でも。

何が起きたか。

分からない。

目の前。

ディラン。

武器。

ない。

ガルディオ。

笑っている。

『今だ、馬鹿弟子』

悠真。

踏み込む。

木剣。

ディランの胸。

軽く。

当てる。

「……」

教官。

数秒。

固まる。

そして。

「勝負あり!」

中央訓練場。

静まり返った。

「勝者」

教官。

信じられないような顔。

「神谷悠真!」

歓声。

ではなかった。

最初は。

ただ。

ざわめき。

「え?」

「勝った?」

「無職が?」

「ディランに?」

悠真。

木剣。

持ったまま。

立っている。

自分。

勝った?

本当に?

ディランも。

呆然。

落ちた木剣。

見る。

悠真。

見る。

「……何をした?」

悠真は。

答えようとして。

やめた。

代わりに。

笑った。

「十秒」

「は?」

「十秒、生き残っただけ」

ディランには。

意味が分からない。

でも。

観客席。

一人だけ。

分かった少女がいた。

セレス。

ゆっくり。

立つ。

そして。

誰より先に。

拍手した。

ぱち。

ぱち。

ぱち。

静かな音。

悠真。

顔。

上げる。

セレス。

笑っている。

それを見た瞬間。

勝った実感より先に。

悠真は思った。

……やばい。

めちゃくちゃ嬉しい。

次の瞬間。

観客席から。

少しずつ。

拍手。

広がる。

さっきまで笑っていた生徒たちも。

戸惑いながら。

手を叩く。

悠真は。

人生で初めて。

自分の勝利に向けられた音を聞いた。


5 勝ったのに怒られました

試合後。

「馬鹿!」

英雄墓廟。

ガルディオの拳。

悠真の頭。

「痛い!」

『あそこで前へ出るのが半秒遅い!』

「勝ったじゃん!」

『結果論だ!』

「先生が今だって言ったじゃん!」

『俺が言わなくても動け!』

「無茶言うな!」

エレノア。

腕を組む。

『でも面白かったわ』

リリア。

拍手。

『初勝利ですね』

クロウ。

壁際。

『逃走技術はまだ甘い』

「今日は褒める日じゃないの!?」

百英雄。

騒ぐ。

悠真。

ため息。

でも。

笑っている。

勝った。

初めて。

学院で。

自分の力で。

いや。

違う。

百人から教わった。

でも。

最後に動いたのは。

自分だった。

その時。

『嬉しい?』

声。

奥。

黒い墓。

ゼル。

姿は見えない。

悠真。

そちらを見る。

「うん」

『そう』

「めちゃくちゃ」

少し。

間。

『なら覚えておくといい』

「何を?」

『初めて勝った日の気持ち』

優しい声。

『強くなるほど』

一拍。

『人は、勝つことに慣れるから』

悠真は。

その意味を。

まだ。

理解できなかった。


6 「おめでとう」を言いに来た人

墓廟を出ると。

夜になっていた。

学院。

廊下。

悠真。

歩く。

身体。

痛い。

特に肩。

明日。

絶対。

筋肉痛。

「悠真」

声。

振り返る。

セレス。

窓辺。

立っている。

「こんな時間まで?」

「あなたを待っていたの」

「俺?」

胸。

跳ねる。

英雄たち。

いない。

よかった。

本当に。

よかった。

「何?」

セレス。

少し。

視線。

逸らす。

「言ってなかったから」

「何を?」

「……おめでとう」

悠真。

止まる。

たった。

一言。

今日。

何人かに言われた。

すごい。

まぐれだろ。

運が良かった。

色々。

でも。

セレスの。

「おめでとう」は。

なぜか。

一番。

胸に残った。

「ありがとう」

セレス。

笑う。

「でも」

「うん?」

「次にディランと戦ったら、たぶん負けるわ」

「今それ言う!?」

「事実でしょう?」

「余韻!」

「勝率は」

「計算しなくていい!」

セレス。

くすっと笑う。

「でも」

悠真を見る。

「今日のあなたは強かった」

「……俺が?」

「ええ」

「セレス基準で?」

「それは違う」

「ですよね!」

二人。

笑う。

少し。

沈黙。

窓の外。

月。

学院。

静か。

セレス。

ふと。

言う。

「悠真」

「ん?」

「今日」

少しだけ。

頬。

赤い。

「格好よかったわ」

悠真。

固まる。

「……」

「……」

「もう一回言って」

「嫌」

「お願い」

「絶対嫌」

「聞き間違いかもしれない」

「なら聞き間違いということで」

「そんな!」

セレス。

逃げるように。

歩き出す。

悠真。

その後ろ姿。

見る。

胸。

戦闘中より。

速い。

「……反則だろ」

小さく。

呟いた。

その時。

遠く。

地下。

誰にも聞こえない場所で。

ごきり。

石が。

割れる音がした。


7 最初の勝利が、最初の封印を壊した

学院地下。

英雄墓廟より。

さらに深い場所。

誰も知らない。

巨大な石扉。

昨日。

一本だけ。

亀裂が入った扉。

その表面に。

赤い文字。

浮かぶ。

《第一の封印》

《解除条件》

《神谷悠真が》

《一人目の英雄を超えること》

そして。

文字。

変わる。

《進行率》

《一》

《百》

まだ。

解除ではない。

だが。

確実に。

何かが。

始まっていた。

石扉の向こう。

暗闇。

鎖。

一本。

ゆっくり。

揺れる。

そして。

声。

『……一人目』

低い。

男とも。

女とも。

分からない。

声。

『ようやく』

鎖。

軋む。

『始まった』

同じ頃。

英雄墓廟。

黒い墓の前。

ゼルが。

一人。

立っていた。

今夜は。

その姿が。

いつもより。

少しだけ。

はっきりしている。

『おめでとう、悠真』

穏やかな笑顔。

一番優しい先生の声。

しかし。

背後。

剣聖ガルディオ。

笑っていない。

『ゼル』

ゼル。

振り返らない。

『何?』

『あの封印』

沈黙。

『悠真を使って、何を開けるつもりだ』

ゼルは。

しばらく。

何も言わなかった。

そして。

笑った。

『僕が開けるんじゃないよ』

ガルディオ。

眉。

寄せる。

ゼルは。

名前を削られた自分の墓へ。

指。

触れる。

『悠真自身が』

静かな声。

『開けるんだ』

その瞬間。

墓碑の奥。

赤い光。

走る。

ガルディオ。

剣。

抜く。

『何を知っている』

ゼル。

ようやく。

振り返る。

その顔には。

いつもの。

優しい笑み。

『全部』

ガルディオの表情が。

凍る。

ゼルは。

静かに続けた。

『だって僕は』

一拍。

『この封印が作られた理由を知っているから』

遠く。

悠真は。

まだ。

何も知らない。

今日。

初めて勝った。

ただ。

それだけだと思っている。

けれど。

学院史上最低の少年が手にした。

たった一つの勝利。

それは。

千年間。

誰も動かせなかった世界の扉を。

ほんの少しだけ。

開いてしまった。

そして。

その扉の向こうに何がいるのかを知る者は。

百人の英雄の中にも。

ほとんどいない。

ただ一人。

世界を滅ぼしたと伝えられる男を。

除いて。

初代魔王ゼル=ヴァルディア。

彼だけが。

扉の向こうを見つめながら。

笑っていた。

第1部 第4話 完

次回 第5話

聖女先生の料理は人を救わない

初勝利の翌日。

悠真を待っていたのは。

強敵でも。

新たな魔法でも。

地獄の修行でもなかった。

学院祭。

そして。

セレスとの料理当番。

「悠真、料理できる?」

「任せろ。日本で目玉焼きを作ったことがある」

「……それを料理経験に含めていいの?」

問題は。

そこではなかった。

百人の英雄の中から。

聖女リリアが。

満面の笑顔で名乗り出る。

『料理なら私に任せてください!』

誰も。

知らなかった。

人々を救い続けた伝説の聖女が。

料理だけは。

一人も救えないことを。

そして。

紫色に発光する鍋を前に。

悠真は。

人生で初めて思う。

魔王より先に。

料理で死ぬかもしれない。

だが、その騒がしい学院祭の裏側で。

悠真の初勝利を見ていた一人の教師が。

静かに調査を始めていた。

「神谷悠真。あの動きは、誰に教わった?」

悠真の秘密へ。

生きている人間が。

初めて手を伸ばし始める。

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