成果が出ないときは改善のタイミングととらえる
3児の母で会社員、ももです。
世の中、何事も甘くはありません。
何かをがんばっても、成果が出ないことなんていくらでもあります。
でも、そういうものとわかっていても、結果が目に見えないと、がんばり続けるのって難しいですよね。
今日の記事では、成果を得られないときのとらえ方について考えてみます。
無意識にやる気をなくしてしまっていないか?というのと、改善のタイミングと考えてみるのはどうかな?というお話。
血管がおばあさんでした
突然なにを言う(笑)
血管年齢を測定したら実年齢よりだいぶ年上でした、という残念なお知らせです。
血管というと食生活を改善すればいいのかな?と思いきや、調べてみると第一の要因は「運動不足」でした。
努力が「無」に思えた瞬間
運動不足?ちょっと待て。以前に比べて運動しているぞ?
何を隠そう、わたしは昔から運動習慣がなく、部活もずっと文化系でした。
けれどこの年になって、体のために運動しないとマズイなと気づきます。
ヨガや筋トレ、ウォーキングを始め、できる範囲で取り組んでいました。
わたしなりにがんばっていたんです。
それなのに……
なんの成果も得られませんでした!!
というわけです。
無意識にやる気を失った
血管がおばあさんであることを突きつけられたとき、運動不足ですよと指摘された(気がした)とき、カクッと力が抜けました。
ああ、わたしがしてきたことは無駄だったんだな、と思ったんです。
そのときから、無意識にやる気を失っていました。
たとえば、こんなふうに変わりました。
Before:在宅勤務の昼休みは絶対歩くぞ!と決め、他の予定を入れないようにしていた。
After:週末の買い物が面倒で、在宅勤務の昼休みに行けばいいや〜と考えるようになった。
運動する時間を貪欲に確保しにいかなくなったんです。
無意識に。
意味がなかったのではなく改善のタイミング
無意識にやる気を失っていたことに気づいたとき、いやいやそれはイカン、と自分を戒めました。
運動が何の役にも立っていないわけがありません。
血管年齢がおばあさんだったとして、運動をやめるという選択は明らかにおかしいです。
まるで「やめていい理由」を探しているみたいじゃないですか。
それならばこの事実は何を示しているかというと、「いまこそ改善のときである!」ということなのです。
たとえば、てっとり早く運動の内容を変える、他にもいろいろなデータを取りながら続けてみる、運動以外で体に悪いことをしていないか考えてみる……
行動を変える余地なんていくらでもあるのです。
考え続ける、行動し続ける
努力が必ず成果につながるわけではありません。
努力すればなんでも叶う、なんて絵空事。
「正しく」努力しなければならないし、考えることを放棄するのもダメです。
目標達成のために何をすればいいか?どう改善していけばいいか?ということを考え続け、行動し、データを取り、次の行動にフィードバックする。
自分をよりよくしていくためには、その繰り返ししかないのです。
このことを肝に銘じ、不用意にやる気を失わす、コツコツと行動するのみ。
ふてくされているヒマはありません。
考えましょう。
行動しましょう。
明日はもっとイイ感じの自分になるために。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
