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【職人図鑑】彩画職人部類(23)賀留多(かるた)

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『彩画職人部類 下

賀留多かるた  又 骨牌
阿蘭陀人、是を玩ふ。
寛永のころ、崎陽の人民、傚てたはむれとせり。

※ 「賀留多かるた」は、ここでは、室町時代にポルトガルの船員や商人から伝わったとされる「天正カルタ」または「うんすんカルタ」のことを指しています。
※ 「骨牌」は、ここでは、カルタのこと。こっぱい。
※ 「玩ふ」は、もてあそぶ。
※ 「崎陽」は、長崎のこと。
※ 「傚て」は、ならって。ならう。

其製、古今同じからず。今もてあそぶ所の製は、外黒くして、内白なり。
画く處。
青色 巴宇と云   赤色 伊須といふ
圓形 於留といひ  半圓 骨扶と云
四品各十二共に四十八枚也。

則、其一は䖝の形 豆牟と云

二より九にいたるまで、其数、目を画く
十は僧形、十一は騎馬、十二は武将也。

※ 「外黒くして内白なり」の外と内は、カルタの表と裏のこと。
※ 「巴宇」はハウ(パウ)/ポルトガル語のPaus(こん棒)、「伊須」はイス/Espadas(刀剣)、「於留」はオウル/Ouros(金貨)、「骨扶」はコツフ(コップ)Copas(聖杯)のことのようです。
※ 「圓」は、円。
※ 「四品各十二共に四十八枚也」は、4種類のカードが12枚ずつ計48という意。
※ 「䖝」は、虫。
※ 「豆牟」は、「つむ」と読むようです。参考:『俚言集覧 中巻 明治32 こ−に 増補(つむ)(つんぼ)』(国立国会図書館デジタルコレクション)

又、加宇カウ宇牟ウン須牟スンなどいふあり。
すべて、南蠻國のことばなり。

※ 「宇牟ウン須牟スン」は、うんすんカルタ(宇牟須牟加留多)のうんすん。



加留多かるたについて

江戸時代の『雍州府志ようしゅうふし』(山城国の地誌)に加留多かるたに関する記述があります。『彩画職人部類』はこの内容を参考にしているようです。

出典:国立公文書館デジタルアーカイブ『雍州府志7』32/40

大正時代に出版された『賭博と掏摸の研究』に、『彩画職人部類』の「加留多かるた」に関する考察があるので興味があったら読んでみてくださいね。
→ 『賭博と掏摸の研究(第十章 メクリ加留多に就いて)』

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寛永十一年(1634年)九月、京都清水寺奉納「安南渡航角倉船絵馬額」の一部分

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『南蛮更紗

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出典:国立国会図書館デジタルコレクション『賭博と掏摸の研究
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『賭博と掏摸の研究
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『賭博と掏摸の研究


参考:『温古の栞 11篇−15篇(骨牌類)』『日本社会事彙 上(ウタガルタ)』『俚言集覧 上巻(うんすんかるた)』『近古文芸温知叢書 第7編(賀留多)』『続燕石十種 第(加留多)(うんすんかるた)(天正かるた)』『帝国百科全書(第四十三 骨牌)』『長崎市史 風俗編(三池カルタ、箔カルタ、天正カルタ其他)』『寛政改革と柳樽の改版(第二項 カルタ)』『子供の喜ぶお話の泉 : 四季折々(カルタの変遷)』『好色一代女 : 西鶴輪講 巻の1-6』(国立国会図書館デジタルコレクション)
ウンスンカルタ』(九州国立博物館)『うんすんかるた』『うんすんかるた』『色絵うんすんかるた香合』(文化遺産オンライン)
Wikipedia「うんすんカルタ」「天正かるた



筆者注 ●は解読できなかった文字、□はパソコンで表示できない漢字を意味しています。新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖