【西遊旅譚/司馬江漢】(7)備中足守から芸州宮島、防州岩国に至る
『西遊旅譚』は、江戸時代後期、蘭学者で絵師の司馬江漢が記した長崎旅行記。行く先々の史跡名所、風土、なかでも長崎で見聞する支那船、オランダ船、出島、まぐろ漁、くじら漁などは挿絵も多くとても楽しい読み物です。天明八年(1788年)四月二十三日に芝門を出発。全五巻。
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九月十四日、足守を發して、長田村を過、窪木村より宗座と云所、人家つゞけり。冨商も有。夫より中原川を渡て、岡田に至。伊東■の陣屋有。程なく矢掛に出る。往還なり。板倉■領地、人家続く。此間、吉備公の墳あり。夫より神邊、今津、此間、福山の城を見ゆる。阿部■十万石の領地なり。
過れば、尾の道と云に至る。市街、縦横に有。冨商多し。西の小江戸と云よし。藝州■(■は厃+天)の領地也。此所より舩に乗、舟を出して東風にて走事 十八九里。夜に入、小島にかけて泊す。
※ ■は厃+天
※ 「伊東■」は、伊東矦(侯)。岡田藩(備中国下道郡岡田村)の藩主。
※ 「板倉■」は、板倉矦(侯)。庭瀬藩(備中国賀陽郡庭瀬村)の藩主。
※ 「阿部■」は、阿部矦(侯)。備後福山藩の藩主。
夜半、東風吹て、舩を出す。朝方、小島に懸る舩中より西南の方を眺。月、海波を照し、島点々と見えて妙なり。艫の方に立て、其景をうつすに、此趣は紅毛油画法ならねば写がたし。
扨、北風吹出、廣島川口に入て、猫屋橋に着。廣島は藝州■(■は厃+天)の城下、市街(まち)縦横なり。則、左方に見て右の方に入。魚市場有。繁昌の様也。
※ 「扨」は、さて。
※ 「様なり」は、誤読しているかもしれません。

夫より町を出離て、海邊に出。小島数々見えて、佳景(よきけしき)也。行事 一里半、草津と云所を過て、猪口と云所より漁舟(すなどりふね)に乗、宮島へ渡。海上三里、宮島亘七理、田畑なし。樹を伐ず。両岸に人家を作。千余軒有。市中、鹿を放。又、猿多し。宮居は、平相國清盛の創立也。神さびたる事、いはんかたなし。此日、九月十七日、大潮満て、廻廊の燈火(ともしび)水面に映ず。
※ 「夫より」は、それより。
※ 「すなどりふね」は、漁船。
※ 「宮居」は、神社のこと。
※ 「神さびる」は、古びて神々しく見えること。

藝州厳島宮之圖
彌山岳と云あり。山上に堂宮多し。未刻を過れば、登ることを禁ず。
左の方、千畳敷と云堂あり。空堂にして猿おほし。
※ 「未刻」は、午後一時から三時頃。

宮島を出、舩にて小方と云所に着。往還にて、是より二里、関戸の驛、右の方 一里入。防州岩國なり。
岩國 錦帯橋の圖
此山を城山と云。山に寺あり。橋百二十間、中の橋三ツは杭なし。

九月廿日、防州岩國に至る。此国、山中にして、海は三里を隔つ。北の方は石、見の國なり。岩國城下、錦川流て、橋五ツを懸たり。惣長さ百廿間有。錦帯橋と名。
人家、橋より西南にあり。皆、瓦屋にして冨商有。町二十餘町にして、二万余家あり。旅館主人の話けるに、此國總て疱瘡を嫌。稀に疱瘡を煩者をは、市中に居事ならず。
私 家内、小津村といふ所に引越したるに、其比春三月也。時に海上、蜃気起事三度也。先、蜃気起んとする時は、春月天気 朗にして海上 霧を生じ、島々かすみて、一里、又、半里を隔、城郭屋楼の類、又は、山上に塔、多くは竹林の象を顕す。直に変じて𦾔の島也。又、色々の象となる。霞中(かすみのうち)に淡墨(うすずみ)にて画が如し。塀の類は、白山上松など明かに見る。
海土路村より見れば、正面に見て象よし。小津村よりは横に見て、象斜也。此所にては、島遊と云なり。朝四時比より八時頃にをはる。八代島(長州の内、三万石の所)、又、禿島有。上の関(嶋也)。皆、舩をかける所にして、蜃気は此島々の間に起也。
※ 「疱瘡」は、天然痘のこと。

又、此国に犬神と云事有。扨、犬神の人来りて喰物、或、器物やうのもの、好物とおもふ心起れば、其品々を所持したる者、惣、犬神取付、狂人(きちがひ)となる。然れども、犬神の者は且て人に取つきたる事を不 知(しらず)。
扨、是を去んとするに、織物の具に、● と云ものあり。中に穴有。其穴より水をとをし、● 犬神に取つかれたる者に飲すれば、忽、犬神の者となりて、問所に随て、答るとなり。こゝにおゐて、博学多識の人、其理を聞糺すとき、理にせまり落去となり。

岩國より七里、鎌ヶ原と云所、深山にして、水晶、石英を生ず。又、其ちかきに地喰と云所有。流河にして、水底皆 板の如し。岩にして、所々地の喰たるごとし。故に名。
廿三日、朝五時より錦帯橋を渡、川について行事 十余町。舩にて川を渡。十五六町入て、阿品村有。夫を過て行事 八九町。山の間に入、犬戻と云所有。山皆、骨をあらはし、渓水岩石にふれて飛、真に峩々たり。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『西遊旅譚 5巻 [2]』
此ころ秋なりければ、岩上 草木紅葉して、其山水画の如し。それより一里余、彌山嶽とて、山高く甚の険阻にして、石を踏てのぼる事、二十一町余。絶頂に堂あり。山上を祭るよし。扨、山を下りて、日暮、旅館にかへる。犬戻、右の方、山を越れば祠あり。鍾乳石おほし。

聳たる岩の内洞なり
此路 皆岩石を畳 十間廿間の大石多し
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『西遊旅譚 5巻 [2]』

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『西遊旅譚 5巻 [2]』

参考:『西遊日記』(国立国会図書館デジタルコレクション)
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