摂州伊丹酒造(せつしういたみさけつくり)
摂州伊丹酒造

此御酒を醸す人人は、其 鼓 臼に立てうたひつゝ醸すれかも、舞つゝ醸すれかも、この御酒のみきの、あやに轉楽し サゝ
是は、応神天皇、角鹿より還幸の時、神功皇后酒を醸し侍て、いはひ 奉 り。哥のうたはせ給ふに、武内宿祢天皇に 代 奉り答へ申し歌なり。是を 酒楽 の歌といひし、後世、大賞会の米舂くにもうたふとなり。 右、古事記

造醸

造醸
酒は是 必 聖作なるべし。其濫觴は、宋竇革 が酒譜に論してさだかならず。日本にては、酒の古訓をキといふ。是 則 、食饌と云儀なり。ケは気なり。(字音をもつて和訓とすること例あり。器をケといふがごとし)
神に供し、君に献まつるをば尊みて御酒といふ。又、黒酒、白酒といふは、清酒、濁酒の事といへり。
サケといふ訓義はマサケの略にて、サは助字、ケは 則 ちキの通音なり。又、一名をミワとも云。是は、酒を造るを醸すといへば、力を略して味の字に 冠 らせ、古歌に、味酒の三輪、又、三室といふ枕言なりと、冠辞考にはいへり。
されども、味酒の三輪、味酒の三室、味酒の神南備山、とのみよみて、外に用ひてよみたる例なし。神南備、三室とも、是、三輪山の別名にて、他にはあらず。
是によりておもふに、万葉の味酒神南備とよみしを本哥として、三輪、三室ともに、神の 在山 なれば神といふこゝろを通じて詠たるなるべし。(ちはやふる神と云を、ちはやふる加茂、ちはやふる人とよみたる例の如し)
これによりて、三輪の神、松の尾の神をもつて、酒の|始祖神とするにも、その故なきにしもあらず。又、日本記、崇神天皇八年、高橋邑人、活日をもつて、大神の掌酒とし、同十二月、天皇大田田根子をもつて、倭 大国魂の神を祭らしむ、云々。大国魂は、大物主と謂て、三輪の神なり。されば爰に掌酒をさだめて、神を祭りはじめ給ひしと見えたり。(今、酒造家に帘にかえて、杉をば招牌とするは、かたがた其縁なるべし)
又、此後、大鷦鷯の御代に、韓国より参来し、兄曽保利、弟曽保利は、酒を造 の才ありとて、麻呂を賜ひて酒看良子と號し、山鹿ひめを給ひて、酒看郎女とす。酒看酒部の姓、是れより始る。是より造酒の法、精細と成て、今の天下日本の酒に及ぶ物なし。是、穀気最上の御国なればなり。
それが中に、摂州伊丹に醸するもの 尤 醇雄 なりとて、普 く舟車に載て、台命にも応ぜり。依て、御免の焼印を許さる。今も遠国にては、諸白をさして伊丹とのみ称し呼べり。

されば、伊丹は、日本 上酒 の 始 とも云べし。是又、古来久しきことにあらず。
元は、文禄慶長の頃より起て、江府に 売始 しは、伊丹隣郷 鴻池 村山中氏の人なり。其起る時は 纔 五斗一石を醸して擔ひ売とし、或は、二十石、三十石にも及びし時は、近国にだに売あまりけるによりて、馬に負ふせて、はるばる江府に鬻ぎ、不図も多くの利を得て、其値 を又馬に乗せて帰りしに、江府ますます繁昌に隨ひ、石高も限りなくなり富巨万をなせり。
継 起る者、猪名寺屋、升屋と云て、是は伊丹に居住す。舩積運送のことは、池田満願寺屋を始めとす。うち継で、醸家多くなりて、今は伊丹、池田、其外、同国 西宮、兵庫、灘、今津などに造り出せる物、また佳品なり。
其余、他国に於て所ゝ其名を獲たるもとの多しといへども、各 水圡の一癖、家法の手練にて、百味人面のごとく、又、殫し述べからず。

又、酒を絞りて清酒とせしは、纔 百三十年以来にて、其前は、唯 飯蘿を 以 漉たるのみなり。抑 当世、醸する酒は、新酒(秋彼岸ころよりつくり初る)、間酒(新酒、寒前酒の間に作る)、寒前酒、寒酒(すべて、日数も後程多く、あたひも次第に高し)等なり。
就中、新酒は別して、伊丹を名物として、其香芬 弥 妙なり。是は、秋八月彼岸の頃、吉日を撰み定めて、其四日前に 麹 米を 洗初 る。(但し、近年は九月節、寒露前後よりはじむ)

酒母
酒母
むかしは麦にて造りたる物ゆへ、文字、麹につくる。中華の製は 甚 だむつかりしけれども、日本の法は便なり。

彼岸比、●入定日 四日前の朝に、米を洗ひて水に漬すこと一日、翌日、蒸して飯となして 筵 にあげ、柄械にて 拌 均し、人肌となるを 候 ひて不残槽に移し、(とこ、とは飯いれの箱なり)

筵もつて覆、圡室のうちにおくこと 凡 半日、午の刻ばかりに 塊 を摧、其時、糵 を加ふ事、凡 一石に二合ばかりなり。其夜八つ時分に槽より取出し、麹盆の真中へつんぼりと盛て、十枚宛かさね置、明る日のうちに、一度翻して、晩景を待て、盆はいに拌均し、盆を角とりにかさねおけば、其夜七つ時には黄色 白色 の麹と成る。

麹糵
麹糵
かならず古米を用ゆ。

蒸して飯とし、一升に 欅 灰二合許を合せ、筵幾重にも 包 て、室の棚へあげをく事、十日 許 にして、毛醭を生ずるをみて、是を 麹盆 の真中へつんほりと盛りて後、盆一はいひ搔ならすこと二度 許 にして成るなり。


醸酒■
醸酒■ [■は酉+胎]
米五斗を一■ [■は酉+胎]といふ。一つ仕廻といふは、一日一●
づゝ斤付行をいふなり。其余●ゝは酒造家の分限に應ず。
定 日三日前に米を出し、翌朝、洗らひて漬し置き、翌朝、飯に蒸て筵へあげてよく冷し、半切八枚に配ち入るゝ(寒酒なれば六枚なり)。米五斗に麹一斗七升、水四斗八升を加ふ(増減家ゝの法あり)。半日ばかりに水の引を期として、手をもつてかきまはす。是を手元と云。夜に入て、械にて摧く。是をやまおろしといふ。それより、昼夜一時に一度宛拌まはす(是を●●●いふ)。

三日を経て、二石入の桶へ不残集め収め、三日を経れば泡を盛上る。是を、あぐりとも、吹切とも云なり(此械を候ふこと丹練の妙ありて、ここを大事とす)。これを復、■ [■は酉+胎]をろしの米切二枚にわけて、二石入の桶ともに三つとなし、二時ありて筵につゝみ、凡 六時許には、其内自然の温気を生ずる(寒酒はあたゝめ、桶に湯を入てもろみの中へ、さしし入るゝ)を候ひて械をもつて拌、冷 こと二三日の間、是、又一時拌なり。是までを■ [■は酉+胎]と云。

酘
酘
右、■ [■は酉+胎]の上へ、米麹水をそへかけるをいふなり。是をかけ米、又、味ともいふ。

右の■ [■は酉+胎]を 不残 三尺桶へ 集収め、其上へ、白米八斗六升五合の蒸飯、白米二斗六升五合の麹に、水七斗二升を加ふ。是を一■ [■は酉+胎]といふなり。
同く、昼夜一時拌にして、三日目を中といふ。此時、是を三尺桶二本にわけて、其上へ、白米一石七斗二升五合の蒸飯、白米五斗二升五合の麹に、水一石二斗八升を加へて、一時拌にして、翌日、此半 をわけて桶二本とす。是を大頒と云なり。


同く、一時拌にして、翌日、又、白米三石四斗四升の蒸飯、白米一石六斗の麹に、水一石九斗二升を加ふ(八升入ぼんぶりといふ桶にて二十五杯なり)。是を、仕廻といふ。

都合、米、麹とも八石五斗、水四石四斗とする。是より、二、三日、四日を経て、温気を生ずるを待て、又、拌そむる程を候伺に、其械発の時あるを以て大事とす。
又、一時拌として、次第に《さま》冷し、|冷め終るに至ては、一日二度拌ともなる時を、酒の 成熟 とはするなり。

酒あげすましの図
是を、二尺桶四本となして、凡 八、九日経て、あげ桶にてあげて、袋へ入れ、醡に満しむる事、三百余より五百迄を度とし、男柱 に数ゝの石をか●て、次第に絞り、出る処、清酒なり。
是を、七寸といふ澄ましの大桶に入て、四、五日を経て、其名をあらおり、又、あらばしりと云。是を、四斗樽につめて出すに、七斗五升を一駄として、樽二つなり。凡 十一、二駄となれり。



右の法は、伊丹郷中一家の法をあらはす而己なり。此余は、家ゝの秘事なりて、石数 分量 等、各 大同小異あり。尤、百年以前は、八石位より八石四、五斗の仕込にて、四、五十年前は、精米八石八斗を極上とす。今、極上と云は、九石余、十石にも及べり。古今変遷、是又云つくしがたし。
すまし灰を加ふることは、下米酒、薄酒、或は、■酒の時にて、上酒に用ゆることはなし。
間酒は、米の増方、むかしは新酒同前に三斗増なれども、いつの頃よりか、一■ [■は酉+胎]の酘、五升桶、中の味一斗増、仕廻の増一斗五升増とするを隹方とす。
寒前、寒酒、共に、是に准ずべし。間酒はもと入より四十余日、寒前は七十余日、寒酒八、九十日にして酒をあくるなり。尤、年の寒暖によりて、増減駆引、日数の 考 あること専用なりとぞ。
但し、昔は、新酒の前に、ボタイといふ製ありて、これを新酒とも云けり。今に、山家は、此製而巳なり。大坂などても、むかしは、上酒は賤民の飲物にあらず。たまたま嗜むことは、その家に、かのボタイ酒を醸せしことにありしを、今、治世二百年に及んで 纔 其日限に暮す者とても、飽まて飲楽して、陋巷に手を撃ち、万世を唱、今、其時にあひぬる有難さをおもはずんば、あるべからず。
米
米
■米 [■は酉+胎]は、地廻りの古米、加賀、姫路、淡路、等を用ゆ。酘米は、北国古米、第一にて、秋田、加賀、等をよしとす。寒前よりの元は、高槻、納米、淀、山方の新穀を用ゆ。

舂杵
舂杵
■ [■は酉+胎]は、一人一日に、四臼(一臼一斗三升五合位)
酘米は、一日五臼、上酒は四臼、極 て精細ならしむ。尤 、古杵を忌みて、是を継くに、尾張の五葉の木を用ゆ。木口窪くなれば、米大きに損ず、故に、臼廻りの者、時ゝに、是を候伺なり。尾張の木質和らかなるをよしとす。
洗浄米
洗浄米
初めに、井の経水を汲凋し、新水となし、一毫の滓穢も去りて、極々潔よくす。半切一つに、三人がかりにて、水を更ること四十遍、寒酒は五十遍に及ぶ。
家言
家言
杜氏 酒工の長なり。又、おやちとも云。周の時に、杜氏の人ありて、其、後葉杜康といふ者、よく酒を醸するをもつて、名を得たり。故に擬●へて号く。
衣紋
麹工の長なり。花を作るの意をとるといへり。一説には、中華に麹をつくるは、架下 に起臥して 暫 くも安眠なさゞること七日、室口 に●るの意にて、●門と云か。
醸具
醸具
半切二百枚余(各々一つ仕廻に充る)
■おろし桶 [■は酉+胎] 二十本余
三尺桶 三本余
から臼 十七八棹
麹盆 四百枚余
甑 は、かならず薩摩杉のまさ目を用。木理より息の漏るゝをよしとす。其余の桶は、板目を用ゆ。
袋は、十二石の醡に、三百八十位。
薪 入用は一■ [■は酉+胎] にて、百三十貫目余なり。
製灰
製灰
豊後灰一斗に、本石灰四升五合入れ、よくをもみぬき、壺へ入れ、さて、はじめ、ふるひたる灰粕にて、たれ処をこしらへ、すまし灰のしめりにもちゆ。尤、口伝あり。
なをし灰
なをし灰
本石灰一斗に、豊後灰四升、鍋にていりて、しめりを加へ、用ゆ。
囲酒 に火をいるゝは入梅の前をよしとす。
味醂酎
味醂酎
焼酎十石に、糯白米九石二斗、米麹二石八斗を、桶一本に醸す。翌日、械を加え、四日目、五日目、と七度 斗 拌きて、春なれば、廿五日程を期とすなり。昔は、七日目に拌たるなり。
本直しは、焼酎 十石に、糯白米二斗八升、米麹一石二斗にて、醸法 味醂のごとし。

醸酢
醸酢
黒米二斗、一夜水に漬して、蒸飯を和熱の侭、甑 より造り、桶へ移し、麹六斗、水一石を投じ、蓋して息の漏れざるやうに、筵、薦にて桶をつゝみ纒、七日を経て蓋をひらき拌きて、又、元のごとく、蓋して、七日目ことに七、八度宛拌て、六、七十日の成熟を候ひて後、酒を絞るに同じ(酢は食用の費用はすくなし。紅粉、昆布、染色、などに用ゆること、至て 夥 し)。是又、水圡家法の品多し。中にも、和州に、川紀の国の粉川、兵庫北風、豊後舩井、相州、駿州の物など、名産すくなからず。
袋洗
袋洗
新酒、成就の後、猪名川の流に 袋 を濯ふ。其頃を待て、近郷の賤民、此洗瀝を乞えり。其味うすき 醴 のごとし。是又、佗に異なり。俳人鬼貫
賤の女や 袋あらひの 水の汁
愛宕祭
愛宕祭
七月二十四日、愛宕火とて、伊丹本町通りに燈を照らし、好事の作り物など営みて、天満天神の 川祓 にも、おさおさおとることなし。此日、酒家の蔵立、等の大なるを見んとて、四方より群集す。是を題して宗因、
天も燈に 酔ていたみの 大燈篭
酒家の雇人、此日より百日の期を定めて、抱へさだむるの日にして、丹波、丹後の困人多く、福奏すなり。

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Photo by mominaina
筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖
