【観音霊験記 西国巡礼】第十五番山城京今熊野/後白河院

『観音霊験記 西国巡礼十五番山城京今熊野 後白河院』

觀音靈驗記 西國順禮 十五番山城京今熊野
むかしより たつともしらぬ 今熊野
佛の誓ひ あらたなりけり

後白河院
帝、常に御頭痛の御悩あれば、熊野へ御幸あつて祈らせ玉へば、権現の告に「洛陽因幡堂の薬師は、天竺より降りたる尊像なれば、これへ祈れ」とあり。

こゝにおゐて、永暦二年二月廿二日、因幡堂に御参籠ありて祈り給へば夢中に貴僧あらはれて、
「帝の前世は熊野の蓮花坊といふものにて、六十六部の經を日本廻国して奉納したる功力によつて、帝位に生れり。しかれども、前生の髑髏、岩田川の水底に沈みてあり。その目穴より柳おい出て、今は大木となり、風吹けば動がゆへ、今の御身に應て頭痛あるなり。急ぎ取あげなば、平愈せり」
とつげらる。
※ 「灵驗」は、霊験。

その水底をたづねさせ給へば、告のごとくなれば、その柳の木にて観音の像を刻して、その中へその髑髏をおさめさせ給ひ、得長寿院をあらためて、頭痛山平愈寺蓮花王院となさせられたるは、ふしぎの灵驗なり。
※ 参考:『西国・秩父・坂東百観音霊験廻拝記』『西国三拾三所観音霊験記図会』『西国三拾三所観音霊験記図会』『西国三拾三所観音霊験記図会』(国立国会図書館デジタルコレクション)
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