【生月島捕鯨】勇魚取絵詞(8)生月御崎浦 骨納屋圖
生月御崎浦骨納屋圖


骨納屋入口は、瓦葺にして、奥には苫葺の假舎を建續たる。別當一人、若衆三人、油掛一人、日雇を加へて、五六十計人居て、いとなみあへり。そは、頭骨、觜骨、大骨、阿腹骨等、都ての骨而已なり。
※ 「いとなみあへり」は、営み合へり。皆でいっしょに事を行うこと。
頭骨の心を「蕪骨」といふは、「頭槌之劔(神代記)」「鏑矢」などの「頭」の義なり。これを「千突」(八人前などいふものゝ類にて、物を千に切調る具なり、千とは、千筋を省るにて、一物を千筋に切れば、いと細きよしをもていふ詞なり)にて突調、白糸にも紛べきを、ふのりなどの貌に編て、「突骨」とも、「ほり/\」ともなづけ、調味家珍物ともてばやせり。
又、鰭の根付の處に、扇骨とてあり。是も右のごとくして用ふ。しかれども、蕪骨にくらぶれば、やゝ剛し。
※ 「蕪骨」は、鯨の頭部にある軟骨を鉋で削ったもの。氷頭のことのようです。参考:『大日本国語辞典 巻1(蕪骨)』(国立国会図書館デジタルコレクション)
※ 「頭槌之劔」は、古代の剣の一種。参考:『大日本国語辞典 巻1(頭槌劔)』(国立国会図書館デジタルコレクション)
※ 「鏑矢」は、矢の一種。先に鏑をつけたもの。

※ 「紛べきを」は、紛うべきを。
さて、納屋の入口の左右に別當座、其次の土間に骨共を山のごとく積揚たり。中に頭、觜などは、材木のさまして、魚骨とはおもはれず。それを段切鋸して引切(段切鋸は両方に柄ありて、二人向居て引大鋸をいふ方言也)。斧もて割摧く大骨、阿腹骨などは、斧や山刀にて打切なり。

右方の壁下に小切揚者三十余人並居、例の山刀にて大切したる骨どもを「こけら」(木の切屑をいふ、江戸にて「こつぱ」と呼り)ばかりに刻、各桶に入るなり。


左方に、竃六ありて、大釜をかけ、こけらの皃にしたる骨を潮に和せ、油を煮取也。竃の後に例の通路ありて、樋を渡し、奥倉に居たる二口の油壷に流しいるゝと、大納屋に同じ。煮粕を臼にて搗砕き、又、油を煮取也。

かく再𤋎せし粕を「骨粕」といひて、俵物にして、諸国へ売班也。此「骨粕」、田畠蒔栽の肥にいとよろしく、就中、𤇆草の肥にはなずらふ物なしと云り。
※ 「就中」は、なかんずく。
※ 「𤇆草」は、煙草。
※ 「なずらふ」は、準ふ、擬ふ。肩を並べるという意。

※ 参考:『日本科学古典全書 第11巻 第3部(生月御崎浦 小納屋圖)』(国立国会図書館デジタルコレクション)
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