絵本貝歌仙(1)
すだれ貝

すだれ貝
浪かゝる ふきあげのはまの すだれ貝
風もぞおろす いそぎひろはん
此歌の心は、浜辺の貝をひらふに、とやかくひまどれば、風ふきおろして、よせくる波にさまたげらるゝほどに、はやくひろへとなり。
すだれといふより、吹おろすといひつゞけたる詞おもしろし。何事も善はいそげのことぐさ、おもひあはせておこたるべからず。
※ 「ことぐさ」は、言草、言種。言い回し。

わすれ貝

わすれ貝
三津の濱 磯こす波の わすれ貝
わすれず見する 松がねのこえ
此うたのこゝろは、名こそわすれ貝なれ。松風の音に たちたるみつのはまなれば わするゝやうもなく、そのところの貝は ひらはるゝなり。ひたすらよき名もとむべし。よき名よばるゝ人もその実をつくすべきいましめにぞ。
※ 「みつの浜」は、三津浜(愛媛県松山市)。

梅の花貝

梅の花貝
春風に 波やちるけん 陸奥の
まがきがしまの 梅のはな貝
此うたのこゝろは、梅の花が いときけば にほひもゆかしく、折から春ふく風にふきちりて まがきが嶋にやと 詞の縁 よくよみたり。これをいましめとすれば、やさしき名にも似ず、女中のあら/\しきふるまひは あしゝとかや。
※ 「まがきがしま」は、曲木島(宮城県塩竈市塩竈湾)。

桜貝

桜貝
伊勢の海 なみの玉よる さくら貝
かひある浦の 花の色かな
此うたの心は、さくら貝といふ名も波のいつくしき海辺にはいとゞ相応なり。やんごとなきかたにつかへ、または、よき人につれそふならば、それにはぢらいて、容も こゝろも にあわしくもてなすべし。
※ 「いつくし」は、厳し。ここでは美しくかわいらしいという意味。

花貝

花貝
枝ながら うづまく波の おらねばや
ちり/\よする 千代の花貝
万物自然の妙用をよしとす。しゐて 人力 をつくし、天理を私することなかれとなり。花をも折とる時は、ちりやすし枝ながらにしておらねば、波のまに/\千代の栄へを見するとなり。女中の身だしなみもあまりつくろいすぎ 詞もたくみにつゐしやうらしきは、かへりてあしゝ。たゞ おのづからなる美形ありて いつはりなきこそ、千代もあかなきこととぞ。
※ 「つゐしやう」は、追従。他人の気に入るような言動をすること。こびへつらうこと。
※ 「かへりて」は、逆に、かえってという意味。

ますう貝

ますう貝
塩そむる ますうの小貝 ひらふとて
いろの濱とは いふにやあらん
此歌の心は、小貝のなにたちて いろのはまとはいふにやと、うたがひたり。みめよき人、わかき人としたしむは、かねて此心得にて、よそにうたわれ、あやしまれぬ。つゝしみあるべし。
※ ますう貝は、真蘇芳貝。ますおうがい。
※ 「いろのはま」は、色浜(福井県敦賀市の敦賀半島東部)。
※ この歌は西行の歌集『山家集』に納められています。(汐そむる ますほの小貝拾ふとて 色の濱とは いふにや有らん)
※ 『日本歌学全書 第8編』の解説によると、「ますほ」は「まそほの転にて、真赭の義なり、赤黄色をいふ」とあります。

むらさき貝

むらさき貝
むらさきの 貝よる浦の 藤がたは
波のかゑるぞ はなと見えへける
紫といへば 藤とおもわるゝためし、常のしなしにて、おもはぬいひかけにもあふことあり。人は李下に冠のふだんが大事ぞとしるべし。
※ 「しなし」は、為做し。態度やふるまいのこと。
※ 「李下に冠」は、李下に冠を正さず。(瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず)

白貝

白貝
はる/\と しらゝの濱の しら貝は
夏さへふれる 雪かとぞ見る
白きをみれば、雪霜のあやしみあり。物をうたがへば、わざはひおこる。何事もさら/\と、とゞこほるべからず。

なでしこ貝

なでしこ貝
ちしほしむ なでしこ貝に しくいろは
大和唐にも あらじとぞおもふ
人の親の癖として、我子ばかりをよしとおもひ、日本 中華にもあるまじと あまやかすは、おろかの心。よく気を転じて 子はきびしくそだてやしなふべしとなり。

※ 「瞿麦介」の瞿麦は、撫子 の異名
なみまがしわ

なみまがしわ
難波めが 波間がしわを とるほどに
日もくれ 袖に つきぞ やどれる
とやかくするまに、月日のたつは夢のまぞかし。あさ起出てより夕ぐれまで、ゆだんなく それ/\のしごとあるべし。
※ 「難波め」は、難波女。

きぬた貝

きぬた貝
ちぎりおきし 衣のうらの 秋ふけて
うてるきぬたの かひもなかりき
其節は 心やすくできんとおもふことも、おほくは 時過 て 跡へなるものなり。 女功 はべつして それからそれへ 糸車のまわしをはやふ 心 がくべし。
※ 「跡へ」は、後方。ここでは、時間が後へおしていくという意味と思われます。
※ 「べつして」は、別して。特に、とりわけ、ということ。
※ 「こころがく」は、心掛く。気に掛けるということ。

まくら貝

まくら貝
舟とむる いその浪路の 枕がひ
かひある夢に あわざらめやは
漕こいでとは、おろかの詞なり。いづれは よきしあはせにあふべし、いつまでも かゝるくろうはせまじとて、末をたのみに 今日のうさつらさをわすれて、物は退屈すべからず。

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※ 参考:国立国会図書館デジタルコレクション『六々貝合和歌』『小倉百人一首 明治新刻』『貝尽浦の錦 2巻 [1]』『貝尽浦の錦 2巻 [2]』『目八譜15巻【全号まとめ】』『甲介群分品彙【全号まとめ】』『日本介譜 1-5【全号まとめ】』
筆者注 新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖
