【職人図鑑】彩画職人部類(11)鉤簾(みす) 又 翠簾

鉤簾 みす 又 翠簾
※ 「鉤簾」は、『和漢三才図会』によると「こす」とも読んだようです。

『風雅集』
雨晴るゝ 風はおり/\ 吹いれて
こすの間匂ふ 軒の梅かえ
永福門院内侍
※ 「こすの間」は、鉤簾の間と思われます。(御簾の部屋という意)
※ 「梅かえ」は、梅が枝。
※ 「永福門院内侍」は、南北朝時代の京極派歌人。伏見天皇の中宮、永福門院(西園寺鏱子)に仕えました。

鉤簾(翠簾)について

『風雅和歌集』

永福門院内侍
雨晴る 風はおり/\ 吹いれて
こすのま匂ふ 軒の梅かえ
永福門院内侍は、この歌のほかにも梅の詠んでいます。

定家卿はやう住ける家にしばし立入て、又ほかへうつり侍けるおり、かのみづからうへて侍ける梅の木の枝に結びつけゝる。
永福門院内侍
忘れじな 宿はむかしに 跡ふりて
かはらぬ軒に にほふ梅がえ
これは永福門院内侍が、藤原定家の屋敷の梅の木に結び付けた歌です。
京都の二条の北、京極の西にあった定家の屋敷には、定家自らが植えた梅の木があったそうで、『徒然草』に次のように記されています(京極入道中納言は、藤原定家のこと)。

京極入道中納言は、なをひとへ梅をなん軒近くうゑられたりける。京極の屋の南むきにいまも二本侍めり。
参考:『大日本地誌大系 第17巻 山州名跡志(定家卿家)』『系図綜覧 第1』(国立国会図書館デジタルコレクション)
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