【生月島捕鯨】勇魚取絵詞(4)生月御崎浦 鯨掛取漕込圖
『勇魚取絵詞』は、江戸時代後期の肥前国松浦郡生月島での捕鯨の様子を記した書物です。国立国会図書館デジタルコレクションに収蔵されている『勇魚取絵詞(全三巻)』をコツコツ読んでいきたいと思います。絵も文字もとても美しい作品です。
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生月御崎浦 鯨掛取漕込圖

沖中にて鯨魚を捕得、持双舩二艘の間に挟繋ぎ、数多の引舩表に印を立、二行に列りて、御崎浦によせ来る形勢、いとこゝちよげに見ゆ。
其間にも、他鯨を見出て、山見番、例の筵印を釣上、麾を振、或は、𤇆を立て、合図すれば、これを見て、㔟子、舩、手別をし、今来の鯨を目にかけ、追行こと也。
※ 「圖」は、図。
※ 「今来」は、新しく来たこと、新しく来たひとのこと。



鯨を挟繋たる持双舩は、漸々に漕寄、御崎浦近くなれば、舮声を揚、おめきさわぐを聞、納屋場の者、数百人えたりや、おうと太鼓を打て声を合せ、軈て傳間舩を乗出し、受取とて、沖番の者、魚切を具して、大切包丁などいかめしく立ならべ、二三町許沖にて鯨を受取るよしにて、附添よろづ事行て、濱辺には引著るなり。
かく鯨を引し跡は、海面血に染て、朱色に変れるに、鳶、烏、鴎、■(■は耒+鳥)『正治百首』 など、いくらともなく群したひよるなり。
※ 「傳間舩」は、伝馬船。本船と岸との間を往復して荷物の積み降ろしなどを行う船のこと。
※ 「正治百首」 参考:『正治御百首』(国立公文書館デジタルアーカイブ)


鵣は、いたく鯨を好て、遥き沖中より、鯨に付したひ来、濱辺にて切捌時に、その肉を一ツの鵣して四五斤許くらふ。されど漁人、これを「えびす」と号て鍾愛し、いかほど肉をくらふども、追うつことなし。そも/\「らいの鳥」といへるは、鯨の来るよしを表してよべる名にや。
※ 「鍾愛」は、大切にしてかわいがること。
※ 「越の白山」は、越後・越前の雪山の意と思われます。
※ 「御制」は、御製のことと思われます。

越の白山にも「鵣の鳥」ありて、後鳥羽院御制に
しら山の 松のこかげに かくろへて
やすらかにすめる らいの鳥かな
とよみ給へり。
白山のは漢土に松鷄雷舞などいふ鳥の類にや。今の鯨を好めるは、信天翁にて(『典籍便覧』『小窓雜筆』)別也。
※ 「信天翁」は、 アホウドリ科の鳥のこと。参考:『広益英倭字典』『博物教授法 : 文部省新刊小学懸図 巻之2動物』『博物問答』『博物図略解 巻2』『附音插図英和字彙』(国立国会図書館デジタルコレクション)
※ 「典籍便覧」は、明の時代の書。『典籍便覧』『典籍便覧』(国立公文書館デジタルアーカイブ)
※ 「小窓雜筆」 参考『小窓雑筆』(国立公文書館デジタルアーカイブ)

※ 参考:『日本科学古典全書 第11巻 第3部(生月御崎浦 鯨掛取漕込圖)』(国立国会図書館デジタルコレクション)
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