【救荒植物】救荒草品図譜

夫五穀は天の人世に下し施し給へる大寶にして、則、人間生養の本也。しかるに、天保度の飢饉より間もなく、去年の凶作にて、萬民困窮の大災なれば、恐れ/\慎みて、尊きも賤きも真実 ● 心を用ひ、救荒の工夫肝要なり。古へ聖賢の御代には、蓄積の法とて三年耕して、かならず一年の食をあまして凶年の料となしぬるなり。
※ 「天保度」は、天保年間のこと。「度」は、時代や頃という意。
※ 「天保度の飢饉」は、天保年間に起きた大飢饉。寛永の大飢饉、享保の大飢饉、天明の大飢饉に続く飢饉で「江戸四大飢饉」のひとつ。また、寛永の飢饉を除いて「江戸三大飢饉」とも呼ばれています。

出典:国立公文書館デジタルアーカイブ『凶荒図録』17/34

先、飢饉の備へとては粗食を用ひ、米穀を喰延すにしくはあらじ。されば、菜大根、よろづの摘菜、又は海草などを、粥、雜炊へ加へて、穀食の助にいたすべし。嚮に、平松御うじ、救荒の艸品を探しもとめ、ねもごろに調味を試正し板行し給ふにより、今世上に裨益あること廣大なり。
※ 「菜大根」は、あぶら(菜の花)の別名。
※ 「平松御うじ」は、江戸時代後期の津(安濃津)藩士、平松楽斎。『救荒雑記』『救荒方法書』などの著者。
※ 「艸品」は、草品。
※ 「ねもごろ」は、「ねんごろ」の古形。懇ろ。
※ 「板行」は、書物を印刷して出版すること。
※ 「裨益」は、助けとなり、役に立つこと。
こたび、御うじに問ひ計りて、其艸品のうち手近き品/\を繪になして、食用の事を人/\に知らしめんとす。夫子も百行の本忍るを上とすと云り。
※ 「夫子」は、目上のひと、先生などを敬っていう言葉。
※ 「百行の本」は、孝は百行の本。孝行はすべての善行の基本であるという意。

希は、粗食の一事を深く忍へ行ひ同胞の心を以て互に融通せば、天より憐み恵み給ひて、おのづから五穀も豊熟して、飢寒の憂なく、萬民ゆたかに衣食居室の財用もこと/\くたりぬべし。
乱れたる世の昔にかはりめでたく治れる太平の御代に生れあひし難有さ、かぎりなきの冥加を知り奉りて、倹約を守り、粗食をいたし、己/\の道を勤なば、永く万世の福を受るの術なるべしと、愚なる素意を同志の人/\に勧ることしかり。
※ 「飢寒」は、飢えと寒さ。
※ 「福」の読み「さきはい」は、幸い。
因に云、先年、菜雑炊の仕法とて施印ありしをこゝに記す。
白米二合 大麦壱合 泔水三升
此中へ、菜大こん、ねぶか、里いも、さつまいも、蕪、大こんの干葉、芋ずいき、あらめ、ひじき、摘菜の類。
右の類、細かに切、澤山に入れ、よく煮たる時、味噌三拾目ばかり、塩はよき程入、焚て、一時斗むまし置なり。此分量にて、凡十五六人前の一度の食になるよし。
※ 「施印」は、世のためになることを印刷して人々に知らせること。印施。
※ 「ねぶか」は、葱のこと。

飢饉の年、人の多く死するは、冬の末、春の初より三月頃までにあるものなり。此頃、菜大根、いもなども取納め、食物になる品至てすくなきものなり。其頃に取べき艸類を圖にあらはし、知しむることしかり。
※ 「圖」は、図。
あざみ 薊 あくにてゆでる
つりかねそう 沙参

ひゆ 莧
すぎな 問荊
ほとけのざ 元寶草
おほばこ 芣苢
※ 「芣苢」の読みは、ふい。

つるにがな 剪刀股 あくにてゆで、水にてさわす
のげし 若菜
たんほゝ 蒲公英 ゆでゝさわす
みゝなくさ 巻耳
※ 「剪刀股」の読みは、せんとうこ。
※ 「さわす」は、醂す。水にさらすこと。
※ 「巻耳」の読みは、おなもみ。

のびる 山蒜
すゞめのした 雀舌草
なずな 薺
たがらし 碎米薺

いぬがらし 山芥菜
たびらこ 鷄腸草
かうぞりな 毛蓮菜
おにたびらこ 黄鵪菜

此外、人/\の能知るもの故、圖を略しぬ。
せり 芹 はこべら 繁縷
ひるがほのね 葍子根 くこ 枸棘
はまぼうふう 防風 よめな 雞児腸
わらびこ 蕨粉 ゆきのした 虎耳草
うど 土當帰 かんぞうの芽 萱草
藤の芽 紫藤 榎の芽め 朴樹
たらの芽 樬木 りやうぶ 山茶科
嘉永四年辛亥春 安濃津 寛栗堂 渾沌舎 施印
※ 「山茶科」の読みは、さざんか。
※ 「安濃津」は、伊勢国安濃津。
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