【観音霊験記 西国巡礼】第十六番山城京清水寺/主馬判官盛久

『観音霊験記 西国巡礼拾六番山城京清水寺 主馬判官盛久』

觀音靈驗記 西國順禮 拾六番山城京清水寺
松風や 音羽の瀧の 畿与水を
むすぶこゝろは 涼しかるらん

主馬判官盛久
盛久は、平家普代の侍なりしが、八島壇浦の合戦にうち負、義経の手に生捕れ鎌倉に下されて、土屋三郎に預けられしが、終に由比濱にて誅せらるゝに定まり、すでに敷革の上に㘴して、法華経を一信に念じければ太刀取の劔、段々に折けるゆゑ、
※ 「主馬判官」は、主馬署(皇太子の乗馬、乗具を司る役所)の長官。
※ 「盛久」は、平安時代後期の武将 平盛久。

このおもむきを御所へ訴へければ、頼朝公もふしぎの霊夢を見るものから、急ぎ盛久を召て尋ねければ、予常に普門品を信じ、清水の観音を念じ候の外、他なしと荅へければ、頼朝公佛力を尊び、一命を助けられしのみならず、所領をあたへられける。
かの「念彼観音力刀尋段々壊」の經文に能叶たる霊驗なり。
※ 「念彼観音力刀尋段々壊」は、法華経普門品の偈のひとつ。

※ 参考:『西国・秩父・坂東百観音霊験廻拝記』『西国三拾三所観音霊験記図会』『西国三拾三所観音霊験記図会』『西国三拾三所観音霊験記図会』(国立国会図書館デジタルコレクション)
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