【観音霊験記 西国巡礼】第四番和泉槙尾寺/光明皇后

『観音霊験記 西国巡礼第四和泉槙尾寺 光明皇后』

觀音靈驗記 西國順禮 第四番 和泉槙尾寺
みやまぢや ひばらまつばら わけゆけば
まきの尾山に 駒ぞいさめる
※ 「みやまぢ」は、深山路。
※ 「ひばらまつばら」は、檜原松原。

光明皇后
當國いつみ郡浦田に智海上人といふあり。宮里の滝山に仏乗を信じ住けるとき、麋来つて上人の尿を嘗て孕み、終に女子を産り。
上人見すてがたく、隣家の嫗に養育をさせたりしに、元来貧き農家なれば、かの女子七才の五月、嫗ともなひて、田の苗を植付居たりしに、
※ 「いつみ郡」は、和泉郡。

都より藤原不比等勅願の御使として、この巻尾寺に参詣ありしところ、觀世音の霊瑞を蒙り、帰路に及び、くだんの女子を見るに、白玉の身より光明を放つがゆへ、俄に貴び、嫗に乞うけて、連立玉ひ、帝の御傍に侍せしめしところ、御寵愛あつかりしかば、天平元年八月后宮に立給ふ。
すなはち是、光明皇后にまし/\て、御身佛縁ふかきがゆゑ、ことさら佛法を信じ玉ひ、數夛精舎を建立し玉ひしこと、不思議の灵驗なり。
※ 「霊瑞」は、霊妙なるしるしのこと。
※ 「灵驗」は、霊験。

※ 参考:『西国・秩父・坂東百観音霊験廻拝記』『西国三拾三所観音霊験記図会』『西国三拾三所観音霊験記図会』『西国三拾三所観音霊験記図会』(国立国会図書館デジタルコレクション)
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