なにを書けばいいかなんて自分の心が知っている。はずなのに。
木の子、手広くやってるらしいゼ。
ってな噂と共に、家のはなしを書けって下知が、どこと知れない世古を漂う私の元までやってきた。
怖い怖い。路地裏どころか、Noteからも離れて久しい私にまで届く胞子。現役ロジウラーだけでなく、このままNoteというプラットフォームは呑み込まれてゆくのだろうか。
ユパ様も慄く木の子のNote腐海化計画に、「燃やすしかないよ…」と息を吐くことしかできない。
で、なんのはなし?
なになに、家のはなし?
旦那が放つ6ギガパスカル(ダイヤモンドできるくらい)の働け圧に負けて仕事探しをするものの、はっと気づけばピクセルフロー(ブタが出てくる、無の心を爆産できるゲーム)を4時間やってる私の日常のはなし?
義祖母の遺骨をなぜか孫世代の我が家に仮安置=親戚が来る流れなり、徹夜で掃除してたはずなのに、目覚めたら暗闇でブタ(ゲームオーバー画面)が光ってたはなし?
わからん。最近脳がピクセルフロー仕様になっていて、ブタを前提にしかモノゴトを考えられない。集中力の欠如から、話の腰の折れやすさがシャー芯並み。
あ、家にいると私の自制心が自制芯だってはなし?
…もういい。縮みゆく前頭葉に困惑する、ギリギリヒト科ヒト目の小噺はどうでもいい。
いっそ路地裏タワーマンションの妄想を膨らませようか。
とある主人公が欲望のまま隣にミルコ、斜め上にマイトン、その上階にティコまっ子を住まわせたら、めちゃめちゃ楽しいけど襲いかかる劣等感から今以上にブタに溺れて詰むセミフィクション?
え、こんなんでいいんですか「いえのはなし」。
全部載せるって正気ですか。唯一のボツになったら、ちゃんと燃やしてくれますかババ様。
と、ここまで書いて、家でゲームしかしてない自分に絶望して、皆さんの「なんのはなしです家」を読んだんですよ。全部じゃないですけど。
そしたらさ、ちょっとしんみりしちゃって。
確かに、なんのはなしか分からない話もたくさんあるんだけど、テーマが「家」なだけに、書き手の人生がダイレクトに伝わる話にグッときてしまう。
家は人が生きるところであって、話し合うところであって、禿げるところであって、うんこするところであって、死ぬところでもあるんだなって、当たり前なんですけど。
毎日が人生の貴重な一コマ。それをブタゲームに全ベットする自分を改めて見直すきっかけに、なってくれたらよかったんですけど(おい)
いいんです。いい日も、悪い日も、普通の日も、自分のすべてを受け止めてくれるのが家です。それは自宅でなくとも、屋根(=絶対的に守ってくれるもの)があれば、どこでも。
そんな家があれば、私のようにゲームしかしてなくても、いつか扉は開かれる。はず。
雑誌もネットもAIも、言語化された問題に対しては、こぞって「こうするといいよ」って答えをくれるけど、その人が本当のほんとうに、真実、何が欲しくてどうしたいのかなんて、データで導き出されてたまるか。
情報は補助にはなるけれど「本当のほんとう」は、自分が一番よくわかってる。
家でお風呂に入りながら、歯を磨きながら、お茶を飲みながら、ゆっくりノンビリ探せばいい。
世界中の誰もがそんな家に住めたらいいな。
そんなことを考える@ホリーズカフェ。
ええ、家ではゲームしかしませんから。
ちなみに、「家」という漢字の成り立ちは、屋根と豚。
深夜のリビング、ヘタりすぎて人をダメにしなくなったソファにもたれ、無心にブタが出てくるゲームをコンティニューし続ける私を表す字でもあるんです。
ね?どうすればいいかなんて、自分が一番よくわかってた。
うそです。現在レベル1889。2000までいったら仕事しよ!
