拝啓 松尾芭蕉さま
「古池や蛙飛び込む水の音 芭蕉」
はじめまして、三橋朋子と申します。
改めて、偉大なあなた様の残された俳句について想いを馳せてみたいと思います。
はっきり申し上げて、私はほぼ俳句のことは知らないと言っていい知識レベルです。そんな私でも、あなた様の俳句はいくつか聞いたことがあります。
中でも、この古池や〜の句は最初に聞いたのはいつなのかわからないくらい、いろんなところで耳に、目に、しています。
子どもの頃は「だからなに?」という感想でした。
蛙が池に飛び込んだらそりゃー音はするでしょ。で?!
という少々ザンネンな感性でした。
そんな私も55歳になり、少しは情緒というものも身についたと思っています。そこで改めて、43歳でこの俳句を詠まれたあなた様のことを妄想してみました。
その池はひっそりと水をたたえている古池で、たくさん人が訪れる場所でもない。そこにたたずむだけで、心がしんと静まりかえるような寂れた池。
鏡のような水面にはうっそうとした木々が写りこんでいて、そこだけ時が止まったように感じられる。
自分も息をひそめてじっと見つめていると、ここが現実なのか夢うつつなのかわからなくなっていく。自分の存在が景色の中に溶け込んで、薄れていくような感覚になる。
そこに、視線のはしをかすめて何かが動いた。ふと顔を向けた時に、小さく響く水音。ハッとして現実に引き戻される。今、ここにいる自分と、小さな水音をたてた蛙。止めていた息を静かに吐き出し、やさしくゆらいでいる水面を見つめていた。
さて、そろそろ私も動き出そうか。
しんと静まり返った古池に、なんのためらいもなく潔く飛び込んだ蛙。
少しだけうらやましいような、憧れすら抱くような気持ちになったのかもしれない、そんな風に感じました。
12年前の私、まさにあなた様と同じ年齢の時だったら、また違ったことを妄想したかもしれません。そして、さらに12年後にはどんな妄想をする自分になっているのかも楽しみにしています。
そんなつもりでこの句を詠んだわけではないんだがね。
松尾芭蕉さんのつぶやきが聞こえてきそうです。知らんけど。
敬具
これは、clubhouseの耳ビジ(耳で読むビジネス書)にさわらぎ寛子さんがご出演されている時に出た
「古池や蛙飛び込む水の音 芭蕉」
作者の気持ちを考えて鑑賞してみよう
というお題について書いたものになります。
あまりにも有名な俳句ですが、改めて考えて(妄想して)みると、色々と情景が浮かんできて楽しかったです!
さて、動こうか。
これが私が感じた芭蕉さんの気持ちでした。
その時の芭蕉さんのお気持ちは、本当のところはどうだったんでしょうね。
さわらぎ寛子さん、下間都代子さん、楽しいお題をありがとうございました!
